テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

videocam
ニュース映画

毎日世界ニュース 417 ミス・ユニバースに児島さん

番組ID
N00817
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
上映日
1959年08月05日(水)
時間(秒)
42
カテゴリ
社会
概要
1959年7月24日、カリフォルニア州ロングビーチで開かれたミス・ユニバース・コンテストで、最後に残った5人の美女の中から、日本代表の児島明子さんが第1位で入賞、初めて日本に美の女王の栄冠をもたらした。アジア出身のミス・ユニバースはこれが最初である。(週間話題)

同じ年代の公開番組

毎日世界ニュース 417 野球日本夏の陣

高校野球の開幕ももうすぐ、憧れの甲子園は準備に大わらわだ。暑さにもめげず、神宮球場では元気一杯のプレイが繰り広げられている。晴れの東京代表の座を獲得した日大二高、各地の代表校もほとんど決まった。大阪球場では年に一度の夢の球宴、プロ野球オールスターゲームの第2戦が華やかに行なわれ、セ・パ両リーグのスタープレーヤーの活躍がファンを喜ばせた。試合は3対3の同点で迎えたセ・リーグの攻撃。注目の長嶋茂雄選手(読売ジャイアンツ)と杉浦忠投手(南海ホークス)の対戦は、長嶋がレフトスタンドにホームランして、4対3とセ・リーグがリード。パ・リーグは5回の裏オールスター男・山内和弘選手(大毎オリオンズ)が秋山登投手(大洋ホエールズ)からヒット、ランナー3塁1塁と激しく攻めたて、代った小山正明投手(大阪タイガース)からも1点を返し反撃したが、結局6対4でセ・リーグが勝ち、1勝1敗で引き分けた。一方、後楽園でも真夏の球宴、第30回都市対抗野球も連日満員の盛況で熱戦が行なわれ、野球王国日本ならではの賑やかな応援合戦で、お国自慢がスタンドを彩っている。1959年8月1日には、皇太子さまも初めてお見えになって、ゲームも一層盛り上がった。決勝戦は松山代表丸善石油と釜石代表富士鉄釜石の対戦となり、松山代表が6対4で初優勝を遂げ、晴れの黒獅子旗を獲得した。こちらは男ばかりの野球じゃないと張り切る女子野球チーム。遙々地方のお祭りに招かれて遠征、町会議員チームの旦那方と対戦した。町のセンセイも意気のいい女性軍にはたじたじ、珍プレー続出、もっぱらレディーサービスだ。女子チームは日頃鍛えた腕を発揮して圧倒的勝利を収めた。気を良くした女子チーム、今度は自衛隊に挑戦。日頃空砲ばかりの演習のせいか、あえなく空振り三振。自衛隊発動の暇も無く、女子軍の速攻に降参した。戦い終ってぐったり疲れて帰るバスの中、野球ならでは夜も明けぬ、野球日本の表情である。


videocamニュース映画
毎日世界ニュース 425 荒れ狂った台風15号

1959年9月26日、超大型台風15号(伊勢湾台風)は紀伊半島から上陸。三重・愛知・岐阜3県の人々は、刻々と増す濁流に不安の一夜を送った。一望千里ドロ海と化した穀倉地帯木曽川流域。災害は39都道府県におよび、罹災家屋40万戸を超す、室戸、枕崎台風に次いで観測史上空前の大被害をもたらした。鉄道路線は327ヵ所にわたって寸断され、船舶の損失2800隻あまり、通信は全く途絶という惨状。水浸しになった名古屋市街。南部地区は16万人の市民が水中に孤立、救援の舟を待っているが、あまりにも多い罹災者に手が回りかねている。中村区では強風のため市営アパート2棟が倒壊、死者4名、重軽傷者数10名を出し、半田市では暴風雨下に工場が火災を起こして焼失。三重県長島町は、長良川の決壊で町全部が完全に水没、ヘリコプターの救助に唯一の望みを託している。28日現在、全国で死者・行方不明合せて3500人と日増しに増えて、予想外の大惨事となった。一瞬のうちに、高潮にのまれて3百数10人の生命を失った半田市の遺体収容所では、変わり果てた肉親と涙の対面。恐怖を語る流木と泥水に埋もれた奈良県五條市。これら災害地の罹災者の再起を、心から祈るばかりだ。


videocamニュース映画
毎日世界ニュース 434 国会デモ乱入事件

ベトナム賠償をめぐって社会党が激しく政府を追求する1959年11月25日の衆議院外務委員会。自民党が質疑打ち切りを強行したため委員会は混乱、社会党の委員は一斉に退場してしまった。夜も白々と明ける頃、社会党欠席のまま採決に入り、問題のベトナム賠償は本会議に送られ27日早朝ついに衆議院を通過した。その日の午後の国会前は、安保改定阻止を叫んで日本労働組合総評議会(総評)、全日本学生自治会総連合(全学連)のデモ隊2万7千人が押しかけ、人と旗の波で埋まった。右翼も飛び出して、第8次統一行動日は初めから荒れ模様。請願デモの波は続々と正門に殺到、警官隊と揉み合いが続き、双方の負傷者は300人以上に達した。やがて陳情団の代表が国会議員の先導で中に入った。ところがその後から全学連を先頭に、デモ隊がなだれを打って国会構内に乱入、ジグザグデモを繰り返した。浅沼稲次郎書記長の説得も若い学生たちの耳に入らない。こうしてデモ隊が1時間あまりも国会を占拠するという国会史上空前の不祥事となった。この事件の先頭に立って独走した全学連は、検束者を返せと警視庁に押しかけたが、またも検束者を出す結果となった。全学連本部は書類を焼き捨て、東大自治会も門を閉ざし、バリケードを築き、手入れに備えて泊り込みの非常体制だ。波乱の一夜が明けた国会、二度と汚したくない民主主義の殿堂である。


videocamニュース映画