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ニュース映画

毎日世界ニュース 428 社会党再び分裂

番組ID
N00867
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上映日
1959年10月21日(水)
時間(秒)
199
カテゴリ
政治・経済
概要
猪俣浩三統制委員長による西尾末広氏の譴責処分決定によって、1ヵ月ぶりの社会党大会は分裂の危機にさらされた。西尾派は脱党も辞せずと、1959年10月16日から再開される党大会には出席しないと声明、九段の都市会館に立てこもった。河上丈太郎派は党の統一を守るため、西尾派と手を切って大会に参加したが、野溝勝派も和田博雄派も、譴責処分は生ぬるいと除名決議案をかかげて議場は混乱。成り行きに気を揉む浅沼稲次郎書記長と鈴木茂三郎委員長。新役員の選出に右派から入ったのは浅沼書記長唯一人。こうして社会党は挙党一致も見ずに、1959年10月17日悲痛な幕切れを迎えた。その翌日、西尾派はついに社会党に決別宣言を発し、西尾新党樹立に向かった。行を共にする水谷長三郎氏。この日1959年10月18日。安保闘争を前に社会党は再び分裂を繰り返したのである。

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1959年12月10日、品川駅の内外を埋めつくした旗の波に送られて、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)への第1次帰還が始まった。父の遺骨を抱いた少女も、息子に背負われた老人も、思い思いの希望を胸に集結地新潟に向かうのだ。予想された韓国側の妨害もなく帰還列車は順調なスタートを切った。しかし翌朝新潟駅構内にさしかかった頃、韓国青年行動隊の妨害で列車が一時立ち往生する騒ぎが一度ならずあった。列車は20分遅れて新潟駅に到着。警官隊護衛の中をバスを連ねて宿舎日赤センターへ向かい、第1次帰還者975名の集結を無事に終った。宿舎の周辺は万一に備えて昼夜をわかたぬ厳重な警戒。その中で帰還者たちは問題の意思確認手続きもなごやかに済ませ、日本の小学生が別れに歌うアリランの調べに、旅情を慰めながら静かに船出を待った。14日いよいよ帰国の日。帰還者たちは新潟港に待つ2隻のソ連船に乗船、葛西嘉資本部長(日本赤十字社副社長)から、李一卿(北朝鮮赤十字社副社長)北朝鮮代表に帰還者名簿が引き渡されて、日本とも間もなくお別れである。長い曲折を経て3年ごしにやっと実を結んだ帰国の夢。苦しかった日本での生活も今日で終る。祖国ではきっと温かい歓迎が待っていることだろう。送る人、送られる人、喜びと別離の涙もこもごも氷雨降る新潟港をあとに、第1次帰還船はクリリオン号を先頭に岸壁を離れて、一路清津(チョンジン)港に向かった。


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毎日世界ニュース 413 ガス地帯を行く 新潟

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