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ニュース映画

毎日世界ニュース 388 前途多難 岸内閣改造

番組ID
N00695
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上映日
1959年01月15日(木)
時間(秒)
145
カテゴリ
政治・経済
概要
新春を宇宙ロケット(月ロケット)で幸先よくスタートしたソビエトから、1959年1月11日、日ソ漁業交渉団が来日。それと入れ代わりに、鮮やかなチェンジ・オブ・ペースを見せてモスクワ芸術座の一行が帰国の途についた。こうして12日から北洋のサケ・マス漁獲量をめぐって委員会が始まったが、交渉は難航を予想されている。それにひきかえ政府自民党では新春早々からお家騒動の絶え間がなく、肝心な閣僚補充も反主流派の巻き返しにあって難航又難航。犬も食わない派閥争いの挙げ句、12日夕方やっと閣僚人事にこぎつけ、どうにか形だけはつけたが、すっかりタガの緩んだ岸信介体制の前途は益々多難を極めそうだ。

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毎日世界ニュース 436 さよなら日本

1959年12月10日、品川駅の内外を埋めつくした旗の波に送られて、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)への第1次帰還が始まった。父の遺骨を抱いた少女も、息子に背負われた老人も、思い思いの希望を胸に集結地新潟に向かうのだ。予想された韓国側の妨害もなく帰還列車は順調なスタートを切った。しかし翌朝新潟駅構内にさしかかった頃、韓国青年行動隊の妨害で列車が一時立ち往生する騒ぎが一度ならずあった。列車は20分遅れて新潟駅に到着。警官隊護衛の中をバスを連ねて宿舎日赤センターへ向かい、第1次帰還者975名の集結を無事に終った。宿舎の周辺は万一に備えて昼夜をわかたぬ厳重な警戒。その中で帰還者たちは問題の意思確認手続きもなごやかに済ませ、日本の小学生が別れに歌うアリランの調べに、旅情を慰めながら静かに船出を待った。14日いよいよ帰国の日。帰還者たちは新潟港に待つ2隻のソ連船に乗船、葛西嘉資本部長(日本赤十字社副社長)から、李一卿(北朝鮮赤十字社副社長)北朝鮮代表に帰還者名簿が引き渡されて、日本とも間もなくお別れである。長い曲折を経て3年ごしにやっと実を結んだ帰国の夢。苦しかった日本での生活も今日で終る。祖国ではきっと温かい歓迎が待っていることだろう。送る人、送られる人、喜びと別離の涙もこもごも氷雨降る新潟港をあとに、第1次帰還船はクリリオン号を先頭に岸壁を離れて、一路清津(チョンジン)港に向かった。


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