テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

ザ・ノンフィクション 27年ぶりの「運動靴」

番組ID
210980
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2015年07月19日(日)14:00~14:55
時間(分)
46
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
フジテレビジョン(CX)
製作者
フジテレビジョン(CX)
制作社
フジテレビジョン(CX)、セイビン映像研究所
出演者
スタッフ
構成:松田恵子、撮影:河村正敏、撮影:佐藤力、撮影:細田峻介、撮影:長谷川玲子、技術:岡部聡、EED:掛村祐介、音響効果:鈴木敏之、MA:鳥居拓也、広報:川本洋平、デスク:伊藤ひろみ、演奏:武部聡志(オープニング・テーマ)、歌:城南海(エンディング・テーマ)、ディレクター:吉野和子、ゼネラルプロデューサー:味谷和哉、チーフプロデューサー:張江泰之、プロデューサー:森憲一、演出:河村正敏、プロデューサー:河村正敏
概要
27年間、自宅にひきこもっている息子を抱え、切羽詰った思いでいる母親がいる。息子は現在43歳。元気なサッカー少年だった彼は、中学生の頃に受けたいじめや、ある挫折が重なって15歳から完全にひきこもってしまった。母(69歳)と息子は、2人で暮らしている。部屋には27年間ためこんだ雑誌、本、新聞、CDが積み上げられ足の踏み場もない。彼は、ベッドの上で一日中テレビを観たり本を読んだりして過ごす。携帯電話もパソコンも持たず、唯一の話し相手は母親。近所の散歩や書店に行くときも、周りの目が気になって一人では外に出られず母親と一緒の生活を過ごしてきた。取材を始めて2年、彼はある出来事をきっかけに驚くべき行動を起こす。そこには、息子の自立を願う母の決断があった。
受賞歴
ATP賞(第32回ドキュメンタリー部門奨励賞)

同じ年代の公開番組

KNBふるさとスペシャル 富山駅前 昭和劇場

昭和の風情漂う小さな居酒屋が2015年4月30日、半世紀にわたる歴史の幕を閉じた。JR富山駅前の富劇食堂街の居酒屋「初音」だ。終戦直後の1950年(昭和25)に建設されたビルは老朽化が進み、近く解体される。店を1人で切り盛りしてきた「初音」のお母さん(79歳)は、営業最後の日も手の込んだ料理でもてなした。お母さんの優しい人柄に惹かれて、カウンターは常連客の笑顔であふれた。「初音」は疲れた心を癒す岸辺だ。「ありがとう…」常連客はそう声をかけて、名残を惜しんだ。◆富山駅前には、もうひとつ消えゆく街区がある。富山市桜町のシネマ食堂街だ。錆びて汚れたアーケード、薄暗く狭い路地、古びた店が肩を寄せ合うように連なる様は、昭和で時間が止まったかのよう。この街区は解体中で、3年後には18階建ての複合ビルが完成する予定だ。シネマ食堂街で創業55年のおでん屋「茶文」のマスター(63歳)ら有志は、取り壊し前の5月下旬にさよならイベントを企画した。食堂街の日常を記録した短編映像などを、閉館した富山シネマ劇場で上映し、一日限り復活させるのだ。◆毎晩、小さな店のカウンターで繰り広げられた人間模様。見知らぬ者同士が席を譲り合い、打ち解けながら人生を語り合った。新幹線開業の熱気に包まれるJR富山駅前、そして消えゆく「昭和」の灯。最後の時、その灯は、戦後という時代の記憶を映し出していた。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
HBC戦後70年スペシャル 幻の札幌五輪 戦火に散ったジャンパー

終戦70年が近づいている。戦時中、国の決定が多くの夢や希望を踏みにじり、断ち切った。追い立てられるかのように戦地へ赴いた若者たち。彼らはその時代をどう生きようとしたのか。◆戦前の北海道・小樽に、将来を嘱望されたスキージャンプ選手がいた。久保登喜夫さんだ。小柄ながら卓越した身体能力を持ち、17歳の時に日本選手権で優勝。1940年2月に開催が決まっていた「冬季オリンピック札幌大会」におけるジャンプ競技の有力候補選手として注目されていた。◆だが時代は、オリンピックの開催を許さなかった。日本は日中戦争の悪化から国際的に孤立を深め、国内でも五輪反対論が高まっていく。1939年、日本政府は東京と札幌で決定していた夏と冬のオリンピック大会について、開催権を返上した。◆そして戦争は、久保登喜夫さんの人生をも奪う。終戦の年、沖縄の海で敵艦に特攻。23歳で命を散らせた。戦争が幻と終わらせた“夢の祭典”1940年の札幌冬季五輪。そしてオリンピック出場を夢見ながら、戦場で命を散らすしかなかった若きジャンパー・久保登喜夫さん。番組では、久保さんを知る人々を訪ねて戦争が奪い去った若者の夢を辿り、今ではあまり語られなくなった「幻の札幌五輪」計画に迫る。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
戦後70年報道特別番組 京都は守られたのか ~知られざる原爆投下計画を追う~

全国の都市の中で唯一、大きな戦禍をまぬかれた古都・京都。しかし、この京都に原爆を投下する計画があったことはあまり知られていない。“京都に空爆がなかったのは文化財を守るためだった…”。まことしやかに語られてきた古都の通説には、意外な裏側があった。広島・長崎だけではなかった“京都への原爆投下計画”とは、どのようなものだったのか。アメリカの機密文書や当時を知る人たちへの取材から明らかにする。◆1945年7月24日、滋賀県大津市の東レ工場に1発の爆弾が落とされた。その爆撃地点には、石碑はもちろん、なんら痕跡もない。まさに「忘れられた空爆」だ。空爆が少なかった大津に突如爆弾が落とされたのは、実は京都を想定した模擬原爆、つまり予行練習だったという。アメリカ軍の機密文書などには、原爆の投下目標を選定する委員会の記録が残っており、京都は広島と並んで第一目標になっていた。原爆は「広島・長崎」に投下されたが、実は京都への原爆投下計画は残っていた、というのだ。◆一方、京都への原爆投下計画が密かに進行する中、多くの文化財、国宝を抱える京都の寺社では、いつ襲い掛かるか分からない米国の空襲に備えて、様々な計画が秘密裏に進められていた。そのひとつが、醍醐寺に京都府下の国宝や美術品を疎開させる計画だ。なぜ京都府の社寺課は醍醐寺を選んだのか、そしてどのような防空防火対策を施していたのか。府や醍醐寺に伝わる文書や証言をもとに、当時の様子を描く。また西本願寺では、親鸞聖人木造を密かに奈良の山奥にある寺に疎開させていた。◆番組では、戦時下の知られざる“京都の実像”をつまびらかに浮き彫りにし、あの戦争で何が起き、京都の人たちはどのようにして町を守ろうとしていたのかを伝える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.