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テレビ番組

TOYAから明日へ パタゴニア 氷河×風×地球の未来

番組ID
209163
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2015年02月11日(水)14:00~15:00
時間(分)
46
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
school
教育・教養
放送局
北海道テレビ放送(HTB)
製作者
北海道テレビ放送(HTB)
制作社
北海道テレビ放送(HTB)
出演者
ナレーション:山根基世、声:山野久治、声:岸健介、声:五十幡祐介、声:漣彰人
スタッフ
題字:原冀雪、編集:堀岡大輔、音響効果:百石仁、美術:長谷川卓也、美術:久我直也、EED:菅原孝雄、MA:藤田則昭、撮影:石田優行、編集:角田朋美、ディレクター:根岸竜、ディレクター:濱中貴満、プロデューサー:濱中貴満、エグゼクティブ・プロデューサー:寺内達郎
概要
地球温暖化の影響を最も受ける氷河。南米パタゴニアでは、世界遺産の氷河に異変が起きている。番組では、パタゴニアの美しい自然の風景を伝えつつ、氷河と風から未来の地球を救うヒントを探す。次世代の子供たちに遺す「地球の明日」を考えるサイエンスドキュメンタリー。◆地球は水の惑星。しかしその実に97%が海水。そして残り3%が、農業や飲み水に利用できる淡水だ。そのわずか3%の貴重な淡水の7割が、氷河や氷の形で地球上に存在している。氷河はかけがえのない天然のみずがめなのだ。◆パタゴニアでは、その氷河に異変が起きていた。氷河学者ペドロ・エスヴァルカ氏と北海道大学の研究調査に同行し、減少しているウプサラ氷河を撮影。また、青く美しく輝く世界遺産・ペリトモレノ氷河を記録する。そして、世界最大のアンデス山脈から吹き下ろす強い風の中には、温暖化から地球を救う重要なヒントが隠されていた。

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