テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

tys開局45周年特別番組 ローカル線小さな旅特別編

番組ID
210548
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2015年06月17日(水)19:00~19:56
時間(分)
47
ジャンル
groups
芸能・バラエティー
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ山口(TYS)
製作者
テレビ山口(TYS)
制作社
テレビ山口(TYS)
出演者
スタッフ
SW:和田茂、撮影:和田茂、編集:和田茂、VE:佐々木祐介、撮影:佐々木祐介、編集:佐々木祐介、カメラ:新藤幹人、カメラ:宮川修人、MA:亀井政一、MA:池田雄一郎、音声:池田雄一郎、音声:玉田祥太、FD:山角佐織、FD:大波多美奈、TK:平川友子、VTR:森下敦司、撮影:須藤武至、撮影:吉岡夕希、CG:蓬田知展、CG:北村みはる、美術:藤井紀幸、ディレクター:香川純也、プロデューサー:村岡聖治
概要
ローカルワイドニュース「tysスーパー編集局」の人気企画コーナーとして、山口県内の鉄道路線に乗車し、沿線の魅力を伝えてきた「ローカル線小さな旅」。tysテレビ山口開局45周年記念として特別編をおくる。宇部市出身のタレント西村知美をリポーターに迎えて思い出の宇部線に乗り込んだ旅や、tysアナが行く・初夏を感じる山陽線の旅、振り返る「ローカル線小さな旅」の歴史、専門家に聞く鉄道写真の魅力、女性に人気のグルメに温泉・山口線の旅などを紹介する。

同じ年代の公開番組

KNBふるさとスペシャル チャリティ ウーマン

困った人たちを助けたい!真っ直ぐな気持ちでアジアや東北の被災地に出向き、炊き出しを行ったり、衣類や生活用品などを届けたりする活動を続けている女性がいる。富山市の川渕映子さんだ。◆ベトナム戦争時に難民キャンプでボランティア活動を始めた川渕さんは、1996年に友人らと「アジア子どもの夢」というボランティア団体を設立。ベトナムの山あいの村に学校を建設したり、枯葉剤の被害を受けた子どもたちに生活費を送る支援を続けてきた。そして2011年に台風被害にあったフィリピンなど、被災した現地に直接、救援物資を届ける活動を行い、これまでに30回以上、海外の被災地を訪問している。◆国内では、2011年の東日本大震災の発生直後から、50回以上も東北を訪れてきた。被災地支援を目的に「東北エイド」というボランティア団体を富山市に立ち上げ、救援物資を届ける活動を続けている。「長く支援を継続しているからこそ、心を支えることができる」と川渕さんは話す。◆番組では、東北への支援のほか、フィリピンやネパールで支援活動を行う川渕さんに密着する。川渕さんが心がけているのは「被災者の言葉をよく聞くこと」、そして「今できることを精一杯やる」。息の長い支援を続ける川渕さんの活動を紹介し、支援によって笑顔と優しさが東北やアジアの美しい空の下に広がる様子を伝える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
新ふるさと百景 虫井神社の花籠祭り ~鳥取・智頭町~

時代の流れとともに消えようとしている、ふるさと島根・鳥取の素顔、自然、生活、文化、伝承行事などを、映像遺産として後世に伝えるシリーズ番組。太田胃散文化スペシャル。◆鳥取県の智頭町にある「虫井(むしい)神社」(「むし」は虫の上にノ)。この神社では毎年10月28日に「花籠祭り(はなかごまつり)」が行われ、氏子から色鮮やかな「花籠」が奉納される。2015年の花籠を背負う男性「花男」は、寺谷宇一朗さんだ。花男は集落内でその年に20歳になった独身の男性で、両親が健在でなくてはならないなど、様々な条件がある。しかし時代の変化に伴い、そのなり手が少なくなり、寺谷さんが虫井神社の花男を務めるのは、この年で2回目となった。花男は神や精霊が宿る使者で、化粧をしたり衣装を着るのは、この花男が唯の人ではなく神事に携わる選ばれた者としての印のためと言われている。花籠を背負い、手には青竹の先端をいくつにも割った杖を持ち、両脇を抱えられながら集会所から神社に向けて出発する。この行列は千鳥足で歩くほど縁起が良いとされており、花男は出発前にかなりのお酒を飲んでいる。そして虫井神社に到着し、お祓いを受けた後、待ち受けた多くの氏子たちや参拝者によって花籠の花「やなぎ」が抜き取られる。抜き取った花は丸く輪にして家に持ち帰る。輪にして持ち帰った花は、屋根に投げ上げておくと、火災や厄除けになると昔から伝えられている。


school教育・教養cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
戦後70年報道特別番組 京都は守られたのか ~知られざる原爆投下計画を追う~

全国の都市の中で唯一、大きな戦禍をまぬかれた古都・京都。しかし、この京都に原爆を投下する計画があったことはあまり知られていない。“京都に空爆がなかったのは文化財を守るためだった…”。まことしやかに語られてきた古都の通説には、意外な裏側があった。広島・長崎だけではなかった“京都への原爆投下計画”とは、どのようなものだったのか。アメリカの機密文書や当時を知る人たちへの取材から明らかにする。◆1945年7月24日、滋賀県大津市の東レ工場に1発の爆弾が落とされた。その爆撃地点には、石碑はもちろん、なんら痕跡もない。まさに「忘れられた空爆」だ。空爆が少なかった大津に突如爆弾が落とされたのは、実は京都を想定した模擬原爆、つまり予行練習だったという。アメリカ軍の機密文書などには、原爆の投下目標を選定する委員会の記録が残っており、京都は広島と並んで第一目標になっていた。原爆は「広島・長崎」に投下されたが、実は京都への原爆投下計画は残っていた、というのだ。◆一方、京都への原爆投下計画が密かに進行する中、多くの文化財、国宝を抱える京都の寺社では、いつ襲い掛かるか分からない米国の空襲に備えて、様々な計画が秘密裏に進められていた。そのひとつが、醍醐寺に京都府下の国宝や美術品を疎開させる計画だ。なぜ京都府の社寺課は醍醐寺を選んだのか、そしてどのような防空防火対策を施していたのか。府や醍醐寺に伝わる文書や証言をもとに、当時の様子を描く。また西本願寺では、親鸞聖人木造を密かに奈良の山奥にある寺に疎開させていた。◆番組では、戦時下の知られざる“京都の実像”をつまびらかに浮き彫りにし、あの戦争で何が起き、京都の人たちはどのようにして町を守ろうとしていたのかを伝える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.