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テレビ番組

報道特別番組 ふるさとを離れて 双葉町民 埼玉での選択

番組ID
206489
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2011年12月29日(木)21:30~22:25
時間(分)
49
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
ondemand_video
報道・時事
放送局
テレビ埼玉(TVS・テレ玉)
製作者
テレビ埼玉(TVS・テレ玉)
制作社
テレビ埼玉(TVS・テレ玉)
出演者
ナレーター:村田博美
スタッフ
撮影:大竹史朗、撮影:笠原潤一、撮影:高沢英明、構成:岡野勇、演出:鈴木みちえ、演出:野田真外、制作:千原一哉、制作:島野守夫、制作:松宮英治
概要
東日本大震災後、福島県双葉町の町民たちはどう生きることを選んだのか。「選択」というキーワードに沿って、様々な道を歩き始めた双葉町民の思いを伝える。◆埼玉で生きることを選んだ夫婦:双葉町で米作りをしていた木幡敏郎さんと妻の静子さん。震災直後にさいたまスーパーアリーナに避難してきたとき、静子さんは涙ながらに町に帰りたいと訴えた。しかし、町に帰れる目処はなかなか立たない。そんな中、木幡さんの米をもう一度食べたいという客からの声を受け、二人は埼玉で米作りを再開することを決意。避難所を出て、埼玉県加須市に家と水田を借り、地元の人の協力を得ながら立派に米を作った。12月には加須市のスーパーで新米を店頭販売。二人は「大好きな米作りをしながら、双葉町の良さを伝えたい、埼玉に恩返しをしたい」と話す。◆避難所での生活を続けることを選んだ男性:妻と自分の母、そして要介護認定を受けている義理の母とともに、旧騎西高校で避難生活を送る書道家の渡部翠峰さん。自分だけでは介護が難しいため、騎西高校で介護ボランティアなどの支援を受けながら避難生活を送っている。双葉町の書道教室で多くの生徒を抱えていた渡部さんは、避難所の中でも書道教室を開き、子どもたちに優しく指導。「生きているうちに町に帰ることはできないだろう」と話す渡部さんは、ふるさとから遠く離れた避難所で書道を続ける。◆町議会議員選挙に出馬することを決めた女性:7か月遅れで行われた双葉町議会議員選挙。唯一の新人候補で、唯一の女性候補となった羽山君子さんの選挙活動に密着する。本来の選挙区に有権者が一人もいない異例の選挙。羽山さんは一日200キロ近く車を走らせて各地の仮設住宅をまわり、町民一人一人の声を聞く。選挙活動を通して羽山さんはどんな声を聞き、何を訴えるのか。そして、原発とともに暮らしてきた町民たちは何を選択するのか。

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