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テレビ番組

テレメンタリー2011 ダブルプリズナー

番組ID
206703
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放送日時
2011年05月23日(月)01:30~02:00
時間(分)
26
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
瀬戸内海放送(KSB)
製作者
瀬戸内海放送(KSB)
制作社
瀬戸内海放送(KSB)
出演者
スタッフ
EED:米山彰一、MA:高橋弘彰、撮影:山田寛、取材:満田康弘、構成:満田康弘
概要
岡山県の国立ハンセン病療養所で暮らす立花誠一郎さん(90歳)。このほどオーストラリア戦争記念館で65年前の貴重な写真が見つかった。1946年3月、シドニー港から帰国する立花さんを写したものだ。◆1944年8月、オーストラリア・カウラ捕虜収容所で日本人捕虜が集団で暴動、234人が死亡する事件が起こった。捕虜になることを恥とした旧日本軍の戦陣訓が、絶望的な自殺攻撃に彼らを駆り立てたのだ。収容所でハンセン病と診断された立花さんは、病院に隔離されていて、暴動を傍観するしかなかった。写真ではカメラに向かって笑顔を見せる立花さんだが、心の中は不安でいっぱいだった。帰国は新たな隔離生活の始まりだったからだ。◆捕虜とハンセン病。戦陣訓と誤った隔離政策という2つの国策に人生を翻弄された立花さん。長年、過去について口をつぐんできたが、戦後40年以上経ってようやく重い口を開き始めた。その思いを受け止めたのは、岡山市の高校生たちだった。だが、立花誠一郎という名前は多くの日本人捕虜がそうだったように今なお偽名である。

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