テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

チャンネル4 ロフマンと介護

番組ID
217306
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2021年05月22日(土)09:30~10:25
時間(分)
48
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ信州(TSB)
製作者
テレビ信州(TSB)
制作社
テレビ信州(TSB)
出演者
ナレーター:小山茉美
スタッフ
撮影:野本昌伯、撮影:塚田泰朗、EED:永井達也、音声:亘隆次、タイトル:鈴木聡哉、CG:大平宏治、音響効果:大沢しおり、MA:大沢しおり、題字:細野静耀、監修:日笠昭彦、ディレクター:久和健一郎、編集:久和健一郎、プロデューサー:伊東秀一
概要
13年前に来日したインドネシア人のロフマンさん(36歳)。介護福祉士資格をとり、高齢者と向き合ってきた。団塊の世代が後期高齢者になる2025年には、32万人もの介護現場の人材が不足する試算だ。日本は、外国人を積極的に受け入れる制度を整えた。この現実に、ロフマンさんは、技能実習生として来日を希望する若者に介護と日本語を教え、後押しする送り出し機関の設立を目指していた。

同じ年代の公開番組

ドキュメントy デルタの記憶 ―基地の街のきみたちへ―

朝鮮戦争下に、米軍岩国基地近くの中学校で綴られた5冊の文集が見つかった。そこには生徒たちが日々の暮らしを題材にした250篇ほどの詩と作文が寄せられていた。「積み上げられたバクダン」、「疾走する軍用ジープ」、「夜の街に立つパンパン」、「空襲に備えた訓練」…。そこには生々しい基地の街の現実が描かれていた。山口県岩国市立川下中学校は川に挟まれた三角州(デルタ)の中にある。文集はこの土地にちなんで『デルタ』と付けられた。通学路の向こうには金網を隔てて広大な基地が広がっている。三角州の大部分はいまも米軍基地だ。『デルタ』が作られたのは終戦から7年後の日本が主権回復をした年。そして朝鮮戦争の真っただ中だった。学校には空襲で家族を亡くした生徒や、朝鮮半島からの引き上げ者もいた。『デルタ』には基地から飛び立っていく爆撃機を見て、空爆を受ける朝鮮の人たちの辛苦に思いをはせた作品がある。一方で、戦後の貧しさの中で家計の支えとなる基地の仕事への感謝を記した者もいた。子どもたちはそれぞれの立場から、基地や暮らし、街の将来を考えていた。『デルタ』には「みなさんはどう思いますか」と教師が生徒に投げかけた言葉も残されている。生徒の証言からも、当時の教室には基地について自由に話し合う生徒と教師の姿があったことがわかる。「教育の中立」を掲げる国の指導で、学校で基地の話題はタブーとなり、『デルタ』はその後作成されることはなかった。それから70年、米軍岩国基地は拡張工事や軍用機の移駐を経て、極東最大級の規模にまで肥大化した。岩国では今、国が巨額の予算が投じ、米軍と住民との共存・融和策が進められている。私たちはかつての子どもたちのように、ちゃんと基地と向き合っているだろうか。基地を抱える街のありようを真剣に考えているだろうか。


cinematic_blurドキュメンタリーschool教育・教養tvテレビ番組
ONE NUMBER ヴィッセル神戸 古橋亨梧

アスリートが自ら選んだ「1つの数字」をテーマに、その生き様や思いを描く。さらにナビゲーターの伊沢拓司がアスリートやその競技に関する知識、雑学を披露し、より深くアスリートの実像に迫る。◆日本代表にも選出されるヴィッセル神戸FW古橋亨梧(26歳)は、卓越したスピードでDFの背後へ抜け出し、ゴールを量産するJリーグ屈指のストライカーである。古橋が選んだ数字は「5」、1試合の目標シュート数だ。今シーズンは1試合平均3.6本で、J1でトップだ(2021年5月30日時点)。とはいえサッカーは闇雲にシュートを打てば良いわけではない。それを伊沢拓司が「X GOAL(ゴール期待値)」という指標を用いて解説し、古橋が決定力が高いストライカーであることを証明する。古橋のサッカー人生は決して順調ではなかった。なかなかプロのチームから声がかからず、J2岐阜で僅かなチャンスを掴み、J1のヴィッセル神戸への移籍を勝ち取った。そこでチームメイトとなった世界的名プレイヤー、イニエスタに能力を認められた古橋は、夢のW杯のピッチでシュートを放ち、ゴールを決めることを目指し、挑戦を続けている。


directions_bikeスポーツcinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
墨魂の尽きるまで ~ALSの書道教師が問う、生きること~

大分県立中津北高校の書道教師・渡辺郁靖さん。2019年に徐々に体の自由が利かなくなる難病・ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断された。明確な治療法は確立されておらず、日に日に体が変化する恐怖と先が見えない不安に襲われる。そんな中、渡辺さんは教え子であるテレビ大分の報道カメラマンに「これからの自分の姿と気持ちを映像に残してほしい」と依頼した。学校では懸命に生徒の指導を続けるが、症状は徐々に進行していき、2020年には断腸の思いで教壇を離れた。37年間の教師生活最後の日、渡辺さんは力を振り絞り、生徒へのメッセージを伝えた。休職後、渡辺さんは家族に支えられながらも闘病生活を続けていた。また家族も変わり果てた父親の姿に複雑な気持ちを抱えながらも目標を持って生きてほしいと支え続けていた。そんな中、渡辺さんの中に、「病気のことを多くの人に知ってもらい、差別や偏見を無くしたい」という思いが芽生え始め、講演活動を始める。難病と向き合い、「墨魂の尽きるまで」生き抜く覚悟を決めた渡辺さんの1年半を追った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組