テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

ytvドキュメント 365日診療中 新型コロナと“型破りな”町医者

番組ID
217011
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2021年12月30日(木)10:30~11:25
時間(分)
46
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
読売テレビ放送/讀賣テレビ放送(YTV)
製作者
読売テレビ放送/讀賣テレビ放送(YTV)
制作社
読売テレビ放送/讀賣テレビ放送(YTV)
出演者
ナレーション:八嶋智人
スタッフ
撮影:西川亮、編集:川畑瑞仁、EED:赤羽直樹、音響効果:久保秀夫、MA:久保秀夫、ディレクター:前川未来、プロデューサー:吉川秀和、チーフプロデューサー:堀川雅子
概要
大阪府河内長野市でクリニックを営む水野宅郎医師(43歳)。「地域医療で100の奇跡を起こす」という志を持つ彼は、余命幾ばくもない患者に向き合う際、治療だけではなく、患者が人生の最後にやりたいことは何か、その願いに耳を澄まし、寄り添う。新型コロナウイルスの感染が拡大する中、休み返上で発熱外来・ワクチン接種・コロナ往診を続けている。コロナ陽性者と接することで、改めて地域医療の大切さを感じ取った水野医師は、病院や宿泊療養からこぼれた患者に目を向ける。水野医師が医学の道を志したのは18歳の頃、少年院の中だった。荒んだ生活を送っていた中で少年院の教官との出会いや学んだことが、人生を変え、「医師になる」という夢に向かうことになった。新型コロナとの闘いを余儀なくされる患者の姿は、かつて孤独だった自分に重なるという。水野医師の地域に強く根を張る姿を通して、地域医療の在り方を見つめる。
受賞歴
ギャラクシー賞(第59回奨励賞)

同じ年代の公開番組

テレメンタリー2021 メモリーズ ~再び、家族で~

愛知県に住む森亜美さんは、3人の子どもがいる母親である。2016年に交通事故に巻き込まれ、乗っていた乗用車が炎上。全身の約60%に火傷を負い、耳たぶや手の指を失った。2週間後に意識を取り戻したが、変わってしまった母親の姿に子どもたちは戸惑いを隠せなかった。子どもたちと手をつなぐことも、じゃんけんをして遊ぶこともできなくなり、多くのものを失った亜美さんは深く落ち込んでしまう。しかし、泣いてばかりはいられないと、亜美さんは前を向き、徐々に元の生活を取り戻す努力をし始める。そして周囲の力を借りながら、家事や車の運転など「自分でできる事」を増やしてきた。そんな亜美さんの姿を見た子どもたちも少しずつ変わっていく。そんな時、本来ならあるはずのものがないことに気付く。育ち盛りの子どもたちと撮った写真である。事故のあと、人目につくことを嫌っていた亜美さんは、以前はよく行っていた家族旅行もできなくなり、写真に写ることも避けてきた。しかし、「家族みんなで出かけて、もう一度、思い出を作りたい」と亜美さんは3年ぶりに家族5人で出かける計画を立てることに。事故から5年が過ぎた亜美さんと家族の今を描く。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
被爆地にたつ孤児収容所 ~2千人の父、上栗頼登~(英語字幕版)

「生きるためには盗みを働くか、人を殺してお金を奪って食べて行くほかはないと僕は考えていた」。原爆に家族を奪われた一人の「原爆孤児」の言葉である。1948年に当時の厚生省が行った調査によると、全国で孤児は約12万人、その中で広島県は最多の5975人だった。原爆で焦土となった広島で、終戦からわずか2カ月後、26歳の上栗頼登という若者が、陸軍の退職金を使って孤児収容所「広島新生学園」を開設した。施設は原爆孤児や戦災孤児、引き揚げ孤児など戦争で身寄りをなくした多くの子供たちでいっぱいになった。誰もがその日を暮らすのに困っていた終戦直後。新生学園の環境は決して良いものとは言えず、苦難の連続だった。かつて焦土にあった新生学園の知られざるその歴史を辿るとともに、現在へとつながる平和への願い、そして多くの子供たちが戦争に翻弄されたことを、今へと伝える。(英語字幕版)◆英語タイトル“An Orphan Camp on Atomic Bombed Land ~Yorito Kamikuri, Father of 2,000~”


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組