テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

ダイドーグループ 日本の祭り 一心一矢 高山流鏑馬

番組ID
217162
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2021年11月23日(火)15:55~16:48
時間(分)
48
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
南日本放送(MBC)
製作者
南日本放送(MBC)
制作社
南日本放送(MBC)
出演者
ナレーション:古川廣生
スタッフ
カメラ:小松優太、カメラ:牧尚聖、カメラ:米澤進哉、カメラ:青山尚史、カメラ:岩重直人、音声:江平美幸、音声:有馬邦行、音声:徳留寿樹、音声:上原翔二、ドローン撮影:亀田晃一、ドローン撮影:小田朗久、ドローン撮影:古江貴、CG:山口雅代、編集:八重尾英孝、MA:福留正倫、取材:北原由美、取材:永野志郎、ディレクター:布袋貴代江、プロデューサー:豊倉真奈美、プロデューサー:宮原正二郎
概要
鹿児島県肝付町の四十九所神社で行われる「高山流鏑馬」は、約900年前から続く伝統の神事である。馬に乗り、馬場を3回駆け抜けながら計9本の矢を放ち、的に当たった数で豊作を占う。疾走する馬から放たれた矢が的を射た一瞬の響きに、感謝と喜びが沸き立つ。この年、五穀豊穣、悪疫退散の願いを託されるのは、中学2年生の射手だ。一瞬の一矢、そのために約1ヶ月余りの練習が続く。普段静かな神社前の馬場は、馬を鼓舞する掛け声と練習を見守る人たちで次第に熱気を帯びていく。馬とともに駆け射手へと成長する少年、支える人々と流鏑馬がつなぐ絆。祈りと感謝の奉納までの日々を追った。

同じ年代の公開番組

遺すことば ~三重から島へ ハンセン病回復者の思い~

2021年は、ハンセン病患者の終生隔離を定めた「らい予防法」廃止から25年、法律の違憲性を問う国家賠償請求訴訟の原告勝訴判決から20年の節目。三重テレビでは2001年からハンセン病問題を追いかけてきたが、取材対象者の多くが他界し、療養所の高齢化も進み、彼らの言葉はより重みを増している。三重から島に送られた人たちが人生の晩年に勇気を出して語ってくれた言葉は、これからを生きる世代への遺言ともいえる。新たな感染症への差別は今も絶えない。節目の年にあたり、過去に紹介した人たちのインタビューを体系的に紹介し、胸に刻んでもらおうと企画し、1月31日の「世界ハンセン病の日」に放送した番組を主軸に再構成した番組。「荷物のように」収容された様子、入所当日に父の背中を見て感じた特別な思い、「(療養所に)入ったら二度と出れないと言われて死を選ぼうとした」経験、子どもを持つことが許されなかった無念さ。回復者たちの経験を伝えるほか、スポ―ツや趣味などに力を注いだ様子も紹介する。最後のパートでは、河村さん(仮名)と妻、療友にスポットを当て、ハンセン病問題の実情を浮き彫りにする。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ドキュメントy 回天と100人の棺桶

人間魚雷「回天」の基地があった山口県周南市大津島では、毎年3月に小さな慰霊祭が開かれる。回天を搭載した「伊58潜水艦」の元乗組員有志たちが約20年前に始めた。当初は約20人の元乗組員が参加していたが、高齢化と共に年々参加者が減少し、6年前からは2人だけとなった。中村松弥さんと清積勲四郎さんだ。2人は潜水艦から回天特攻作戦の現場を見てきた。回天がどうやって出撃したか、搭乗員が最後にどんな言葉を遺したのか、回天の戦果はどうだったのか、回天の真実を知る数少ない生き証人だ。2018年の慰霊祭には、伊58潜水艦から出撃した回天搭乗員の遺族(弟)が訪れた。兄は回天で敵艦に命中し華々しく散っていったと聞かされていたが、中村さんの記憶とは違っていた。遺族は「戦後70年以上経って、こうしてはっきりと言ってもらえてありがたい」と話した。貴重な生き証人の2人にも老いは襲ってくる。慰霊祭への参加者が中村さんと清積さんだけになったとき、2人は「どちらかが亡くなったら、慰霊祭は終わりにしよう」と約束していた。残った1人に負担が掛かるため、お互いを気遣っての約束だった。そして2020年、ついに1人となった。2016年から取材を続けた中村さんと清積さんを通して、回天の実相に迫り、戦争体験者が背負い続けているものを考える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.