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ニュース映画

毎日世界ニュース 407 ワールド・リーグ戦 プロレス

番組ID
N00777
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
上映日
1959年05月27日(水)
時間(秒)
79
カテゴリ
スポーツ
概要
プロレスのワールド・リーグ戦は、世界各国から10名の強豪選手を招いて、東京都体育館で行なわれた。試合は4年ぶりに対戦する力道山とメキシコのオルテガ。力道山は得意の空手打ちや頭突きで、オルテガをフォール寸前まで攻めたが、惜しくも時間切れで引き分けた。(週間話題)

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毎日世界ニュース 403 二大政党下新知事きまる

2大政党下、初の統一知事選挙は、各地で華々しい選挙戦を展開、特に北海道、東京、大阪、福岡では自民、社会両党が対立候補を押し立てて対決、乱戦模様となった。違反と知りながらパレードをするのも追い込みなればこそ。1959年4月23日は投票日。函館ではトラピストの修道士達も清き一票を投じた。激しかった選挙戦を反映して全国的に出足は上々、前回の選挙を上回る79パーセントの投票率を示し、今後4年間の地方政治に国民の審判は下された。社会党の地盤と見られていた北海道で、自民党の町村金五氏が勝ち名乗りを上げれば、福岡では汚職追放をかかげて社会党の鵜崎多一氏が、自民党の土屋香鹿前知事を押さえて当選、早速県庁職員を前に第一声を上げた。最大の激戦地大阪では、左藤義詮氏が接戦の末、見事金的を射止めた。地方選挙の天王山東京では、自民党の推す東竜太郎氏がゴールイン、政府与党を喜ばせた。意外の不振に社会党本部は気勢が上がらない。特に東京での有田八郎氏の落選は大きな痛手だった。問題の多い都政を預かることになった東新知事の初登庁。清く明るい地方政治の確立のために、私達の選んだ人のお手並みを見守りたいものだ。


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毎日世界ニュース 386 おめでとう1959年

北から南から、新たな年の訪れに太宰府の梅もほころび始めた。兵庫県竜野の農家では手延べ素麺の最盛期。姫路の小林平八郎さんの作業場では国宝姫路城の復元の瓦が念入りに形どられている。皇居では御成婚近い皇太子さまを囲んで天皇御一家の楽しいお正月。天皇・皇后両陛下が睦まじく皇居内を散歩されれば、皇太子さまと美智子さんも思い出のアルバムを挟んで生涯の設計に楽しいひと時を過される。熊本県八代で、大羽子板が新春の装いを凝らす時、東京浅草の幼稚園では、可愛らしいお餅つき、軽井沢のスケート・リンクでは、若い人たちがカルタ取りや餅食い競争に興じている。さて1959年は亥の年。大阪の狩猟ずきが猟犬と猪を追えば、熊本県では、人家に飼われて犬と戯れる仔猪たち、果ては遙々上京してデパートの客寄せに一役買った。「鍋底景気」といわれた昨年の不況を乗り切って、生産界も今年は活気づいている。東電(東京電力)が千葉に建設中の東洋一の火力発電所も、すでに第3期の工事を終って、6月の完成へ急ピッチ。最も近代的な製鉄所として知られる富士製鉄の広畑工場では、従来の連続式冷間圧延機に加えて、最近180センチ幅の薄板を生産できる逆転式冷間圧延機を設置、日本一の薄板生産工場の名に恥じぬ威容を誇っている。こうして天皇も庶民も、町工場も大工場も、国中が新春の息吹に浸っている。明るく、逞しく、今年こそは豊かな年にしたいものである。


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毎日世界ニュース 427 災害地の子供たち 伊勢湾台風第三報

学校が始まるのはいつだろうか?子供たちの学校は泥水につかったまま半月たった。先生たちが膝までつかる泥水の中を連絡にやって来た。校舎から水が引くまで集団疎開するためだ。わずか1時間の干潮時をぬって疎開のバスがやって来た。心配そうなお母さんたち、注意したいことは山と有っても、潮の満ちぬ間に慌ただしく出発しなければならない。集団疎開する子供たちも愛知県だけで6千名に達し、疎開先の学校では新しい友だちが手を振って迎えてくれた。半月ぶりの入浴、長い緊張もほぐれて、ぐったり寝込む子供たちの顔には安堵の色が浮かんでいる。毎年今頃は運動会のシーズン。褒美はリボンだけにして賞品は全部災害地へ送る東京の友だち。遠く三重県伊勢市に疎開した長島町の子供たちにも温かいプレゼントが届いた。まだ机も無い畳敷きの仮教室だが、心の籠った理容学校生徒の無料奉仕などによって、子供たちは日一日と生気を取り戻して来た。一方、高潮の生々しい爪跡をさらす半田市海岸の堤防の決壊個所も、地元高校生らの協力でようやく仮締切工事が始まった。名古屋市の庄内川でも2千人の高校生が動員されて急ピッチの締切作業。1959年10月9日、庄内川はついにその傷跡を閉じた。全国から動員された排水ポンプが、一斉にうなりをあげて復旧への希望がほとばしり始めた。疎開先の学校でも1959年10月12日、新しく迎えた生徒と一緒に16日ぶりに授業が再開された。しかし子供たちからはあの日の悪夢の思いは去らない。今日も校庭で無邪気に遊ぶ子供たちから、あのいまわしい思い出が拭い去られるのはいつの日のことだろうか。


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毎日世界ニュース 413 ガス地帯を行く 新潟

新潟市では梅雨の訪れとともに市内のあちこちに浸水がみられ、年ごとに低くなってゆく地盤が大きな問題になっている。護岸工事も急ピッチで進められているが、追い付かないのが現状のようだ。このあたり一帯は日本有数の天然ガスの宝庫として知られ、ガスの開発による地下水の大量汲み上げが、地盤沈下の原因ではないかといわれている。しかし只より安いものは無いと田んぼのわきにも自家用タンクが備えられ、豊富に供給されるこのガスのお陰で、農家は都会並の文化生活が出来るとほくほく。街にはガス充填所が有り、市内を走るバスも、ボンベを横腹に抱え込んだトラックも、また乗用車まで天然ガスで間に合うガソリン不要の燃料天国である。工業用のガスの汲み上げも盛んに行なわれており、日本ガス化学工業では地盤沈下に無関係といわれる水を含まない構造性ガスの発掘に成功した。こうして採取されたガスは工場に送られ、化学工業のメッカとして時代の脚光を浴びて来た。今遠く海外まで輸出される硫安の生産が急がれている。ガス産業とともに最近の発展を成し遂げた新潟市は、地盤沈下の重要問題を抱えて悲喜こもごもの今日この頃である。


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