テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

WHO I AM ―これが自分だ!という輝き― シェリフ・オスマン エジプト/パワーリフティング 東京パラリンピック完全版

番組ID
216799
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2021年11月06日(土)17:00~18:00
時間(分)
56
ジャンル
directions_bike
スポーツ
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
WOWOW
製作者
WOWOW
制作社
WOWOW、アクロバットフィルム
出演者
ナビゲーター、ナレーター:西島秀俊
スタッフ
音楽:梁邦彦、写真:新田桂一、エグゼクティブ・プロデューサー:口垣内徹、コーディネーター:村松紀佐、コーディネーター:Ahmed Reda、ディレクター:Ahmed Reda、ラインプロデューサー:Nadim El Bardai、撮影:Mahmoud Lotfi、撮影:Mohamed Osam、撮影:角田真一、撮影:森あらた、撮影助手:Mariam Mostafa、音声:Mohamed Ezzeldin、翻訳:城戸美和、アニメーション:新行内朝輝、翻訳:Yasmine Elwageeh、編集:藤木友次郎、編集:高橋陵太朗、MA:斉藤友和、MA:佐藤摩結子、宣伝:横山日登美、Web:北島さつき、Web:渡辺しおり、AP:劉欣雨、協力:日比野暢子、協力:曽山睦子、ビジュアルデザイン:神宮広志、ビジュアルデザイン:川上智也、ビジュアルデザイン:浅野仁希、ビジュアルデザイン:馬籠匠、ロゴデザイン:荒牧康治、ロゴデザイン:村井智、モーショングラフィック:前田光朝、モーショングラフィック:坂井春奈、タイトル:大久保瑞穂、タイトル:中江修、タイトル:和泉伸也、構成:あないかずひさ、ディレクター:藤野大作、撮影:星野聡太、VE:丹野基樹、照明:小澤真也、特機:毛利隆治、ヘアメイク:亀田雅、スタイリスト:カワサキタカフミ、撮影:中島悠、編集:中島悠、ディレクター:中島悠、プロデューサー:大野丈晴、プロデューサー:伊吹拓也、プロデューサー:泉理絵、プロデューサー:中村梓、チーフプロデューサー:太田慎也
概要
世界最高峰のパラアスリートに迫るドキュメンタリーシリーズ。世界中の多様な個性と、彼らが放つ「これが自分だ!」という輝きを描く。(2016年放送開始)◆エジプト・メニア生まれのシェリフはポリオの影響により、幼いころから下半身の筋力が弱い。しかし、2005年にパワーリフティングを始めると、世界選手権も含め、あらゆる国際大会でもはや敵なし状態が続いており、肉体的にも精神的にも優れたアスリートであることから、「史上最高のパワーリフター」とも言われている。パラリンピックでは、2008年の北京大会以降3連覇中。2016年のリオ大会で記録した世界記録211キログラムは、同競技の健常者の記録を大きく上回るという。2020年、東京パラリンピックに向けて最終調整期間に入っていたが、新型コロナ感染拡大により、延期が決定した。シェリフは「延期によるメリットの方が多い」と前向きに捉えていた。常に自分を信じ、自分を超え続けるシェリフは「あと3大会勝ってパラリンピックを6連覇したい」と語る。2021年の東京大会、彼はゆっくりとベンチへ歩み寄り、腰を掛け、呼吸を整え、一気にバーを持ち上げる。◆IPC&WOWOWパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ

同じ年代の公開番組

ドキュメント広島 オリヒメの向こう側 ~ALS元教頭が目指すもの~

2019年4月に放送した「ドキュメント広島 オリヒメがつないだ希望~ALS教頭と生徒たちの物語~」の続編。◆2021年6月、東京・日本橋に分身ロボット「オリヒメ」が接客するカフェがオープンした。ロボットを操作するのは難病や重い障害などで外出が難しい人たち。広島県三次市で暮らす長岡貴宣さん(58歳)もデビューを目指している。長岡さんは元教頭先生。尾道市の広島県立御調高校に勤めていた2016年、ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断された。ALSは体の筋肉が徐々に動かなくなる難病だ。長岡さんも病気の進行により体が動かなくなり、声も失ったため、目の動きで入力できるパソコンが頼りだ。ALS患者は全国で約1万人、広島県内でも約250人がこの病気と闘っている。人工呼吸器を用いなければ通常2~5年で死亡するとされているが、人工呼吸器を付けない人が7割を占めるという。7月、長岡さんが操作する「オリヒメ」がお披露目された。デビューできれば、声を出せない人が接客する初めてのケースになる。長岡さんはこの分身ロボットカフェで実現したい夢があると言う。その夢とは。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
映像’21 いつか帰れる日まで ~異国で願うミャンマーの民主化~

今年2月に起きたミャンマー国軍のクーデター。これに抵抗するミャンマーの市民に対し、国軍は容赦なく銃を向け、多くの死傷者が出ている。この状況を日本で暮らすミャンマー人たちは心配している。一方、日本にいるミャンマー人の若者も新型コロナの影響を受け、収入がなくなり不法滞在になるなど、厳しい生活環境を強いられていた。こうした人たちを支援するミャンマー人の難民、アウン・ミャッ・ウィンさん(47歳)。大阪でミャンマー料理店や訪問介護施設を営んでいる。過去にミャンマーの民主化運動に参加し、国から逃れざるを得なかったウィンさんは、何とか日本に住むミャンマーの若者たちの力になりたいと奔走していた。ウィンさん自身、14歳から民主化運動に参加。1989年にアウン・サン・スー・チー氏が自宅軟禁されると、ウィンさんは活動家として狙われるようになり、1995年に逮捕された。その後、ブローカーを介して祖国を脱出。幸いにも2004年、日本で難民認定される。祖国の動向を憂いながらも、在日ミャンマー人たちの力になりたいと取り組むウィンさんと、祖国ミャンマーと日本の間で揺れ動く若者たち。そんななか、2021年6月にウィンさんは、サッカーミャンマー代表選手として日本のフィールドに立ち、国軍に抵抗を示す3本指のサインを掲げたアウン選手の亡命を手助けする。緊迫したやりとりなどを通して、異国でミャンマーの民主化と平和を願う人たちの「いま」を描く。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ザ・ノンフィクション 人生の終わりの過ごし方 「ダメ人間マエダ」の終活 後編

自らを「ダメ人間」と呼ぶマエダは44歳のパチスロライターだ。都心の裕福な家庭の一人息子として生まれ、幼稚園からエリート街道を歩むものの、大学に進学せず、ギャンブルにのめり込み、職を転々としてきた。これまで2度結婚したが、離婚。現在は、年老いた母と二人で暮らしている。30代半ばでパチスロライターという天職に出会い、番組やDVDにも出演し、“ゲス”なキャラクターとスーツ姿で、ファンに愛されてきた。しかし2020年2月、余命宣告を受ける。マエダは「最後まで楽しく死にたい」と、友人たちとともに“終活”を始める。「やりたいことは我慢しない」と、酒を飲み、タバコを吸い、麻雀に興じ、旅に出るマエダだが、余命宣告から半年が過ぎ、体は悲鳴を上げ始めた。入退院を繰り返す中、手術も難しい状況となり、緩和ケア専門のホスピス探しを始める。年老いた母の肩を借り、足をひきずりながら歩く。「今、敗戦処理をしているんだなと思うと悲しくなっちゃう」と自分の運命を嘆くマエダ。「自分らしく生きること」「最後まで幸せに生きること」だけを願ったマエダの終活を追った1年の物語の結末とは。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.