テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

人生の楽園〔953〕 二人だけの島暮らし(鹿児島・新島)

番組ID
214914
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2019年11月02日(土)18:00~18:30
時間(分)
24
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ朝日(EX)
製作者
テレビ朝日(EX)
制作社
テレビ朝日(EX)、テレビ朝日映像
出演者
ナレーター:西田敏行、ナレーター:菊池桃子
スタッフ
構成:山下直美、CAM:清原光彰、VE:平野望、EED:笹原隆基、EED:中西祐介、映像デザイン:山岡伸治、映像デザイン:沼田千恵子、音響効果:富岡隆晃、MA:有路賢二郎、編成:藤原直人、宣伝:古澤琢、リサーチ:野添幸子、デスク:上野山友可里、AP:助川朋子、AD:坂本優夏、ディレクター:千葉徳雄、プロデューサー:岡本基晃、プロデューサー:清水邦彦
概要
“自分にとっての人生の楽園”を見つけた人々の様々なセカンドライフを紹介しながら、新しい生き方を提案する、大人のための「いい人生の歩き方」発見番組。(2000年10月7日放送開始)◆今回の主人公は鹿児島市の新島(しんじま)で、無人島になってしまった故郷を守りたいと移住した、佐々木和子さん(59歳)と直行さん(66歳)夫婦。和子さんは、小学校4年生まで島の分校、5年生からは桜島の本校へ船で登校し、その後鹿児島市街の叔母の家から中学、高校、短大と通って、卒業後は市内の会社に就職した。23歳の時、直行さんと結婚。直行さんの故郷、北九州市で4人の子供を育てた。しかし新島が無人島になって荒れていると聞き、無人島になった故郷を守りたいと北九州市から移住。佐々木さん夫婦の暮らしと、それを支える家族、そして元島民との交流を紹介する。

同じ年代の公開番組

仙台放送報道特番 その壁が守るもの ~宮城・240kmの防潮堤~

東日本大震災後の防潮堤整備は、国の基準のもと県が主体となり進められている。しかし「震災時の津波よりも高台に住宅地を作ったのにこれ以上何を守るのか」、「防潮堤ではなく避難道で十分。海と生活を隔てることは我々の文化の否定だ」と訴える住民の声もある。一方、県知事は「憎まれ役になっても、後年評価されるようにしたかった」と思いを語る。防潮堤整備をした街はどうなっているのか。北海道奥尻島は1993年の北海道南西沖地震で甚大な津波被害を受け、14kmにわたり防潮堤を建設した。高さ10mを超える防潮堤に反対もあったが、今では多くの住民が受け入れていた。しかし人口減少と高齢化で町の収入も減り、防潮堤整備は後回しの現状がある。将来、津波被害が予測されている町はどのような対策を行っているのか。徳島県美波町では「事前復興計画」(被災を前提に被災した後の街づくりを考えるという前例のない取り組みの策定)が進められており、住民たちは、被災しても「防潮堤の建設はしない」と計画の中に盛り込んでいた…。 


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
山梨放送報道特別番組 さあ、縄文の話をしよう ~ある大工の挑戦~

縄文人のような独特の風体で、自らを「縄文大工」と名乗る山梨県甲州市の大工・雨宮国広さん(50歳)は、大工として経験を積んだが、化学原料を使った大量生産型の家づくりに疑問を持ち30歳で独立し、以後、限りある資源を無駄なく活かす日本伝統の家づくりを貫いてきた。そして、石斧一つで家や舟を作り、現代人が失った生き抜く知恵を持つ縄文時代の暮らしこそ、目指すべき持続可能な生き方と考えるようになった。石斧の技術力が確かな雨宮さんに、国立科学博物館の研究者から、3万年前の航海を再現するプロジェクトに参加しないかと声がかかる。縄文時代よりさらに昔の旧石器時代を再現する初めての挑戦である。雨宮さんは失敗を繰り返しながらも、漕ぎ手の仲間と試行錯誤を重ね、1本の大木から石斧一つで黒潮を横断する丸木舟「スギメ(杉の女神)」を完成させる。そして、台湾から漕ぎ出すスギメを与那国島で待つ。縄文大工として生きようとする雨宮さんは、大量消費時代に生きる現代人に、本当に人間らしく生きているかと問いかける。


cinematic_blurドキュメンタリーschool教育・教養tvテレビ番組
空の彼方へ ~あの日、ふるさとで見た夢~

東日本大震災の発生から8年、十代の時に被災して現在は二十代の大人になった岩手・宮城・福島の三県の若者3人にスポットを当てる。震災は彼らの人生にどんな影響を与えたのか、ナビゲーターの武田鉄矢が被災地を訪れ、夢に向かって進む若者たちに話を聞く。◆宮城県気仙沼市出身の佐藤亜海さんは、被災地で開催されたプロレスの試合に感動したのがきっかけで女子プロレスラーになった。作業療法士の専門学校に通いつつ、仙台市にある女子プロレスラーの団体に入門。二足の草鞋で奮闘している。一方、岩手県大槌町出身の臺(だい)隆裕さんは、高校生の時に被災して自宅を失い、音楽の力を再認識したことでジャズトランぺッターになった。東京を拠点にしつつも母校の吹奏楽部を指導している。将来は大槌町でジャズバーを開きたいという夢を語る。最後は福島県郡山市出身の岩本紗也加さんに密着。高校卒業後にモデルとして上京し、人気ユーチューバーとなった今も、故郷を盛り上げようと奮闘している。郡山市の魅力が伝わるスポットを回りながら、福島第一原発の風評被害を払拭したいという想いを語る。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
WATCH ~真相に迫る~ ローマ教皇からのメッセージ ~戦争はもういらない~

核兵器廃絶を目指して1998年に長崎でスタートした「高校生平和大使」。大使の1人である広島県の松田小春さんは、アメリカで生まれて6歳の時に帰国し、初めて原爆のことを知る。被爆者の声は松田さんの価値観を変えた。「自分にも何かできることがあるはず」、そう考えた松田さんは「高校生平和大使」に応募した。大使としての最初の大きな仕事は、バチカンでローマ教皇の一般謁見に参列し、被爆地のメッセージを伝えることだった。そして2019年11月、今度はローマ教皇が広島を訪れることになり、松田さんはローマ教皇との再会を果たす。教皇は被爆地から、核廃絶のメッセージを発信した。一方、ローマ教皇が被爆地への関心を持つきっかけとなったのは、被爆直後の長崎で撮影された「焼き場に立つ少年」の写真だった。撮影したのは、米国の従軍カメラマンだったジョー・オダネルさん。オダネルさんは帰国後、悲惨な記憶とともに写真を封印したが、自らの原爆症の発症をきっかけに写真を公開することになり、それがローマ教皇の心を動かしたのだった。ジョー・オダネルさんの息子、タイグ・オダネルさんは、長崎を訪れ、ローマ教皇との対面を果たす。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組