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テレビ番組

ちちんぷいぷい特別編 南極文通ものがたり ~おとうさん、ぼく…~

番組ID
210458
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放送日時
2015年05月30日(土)13:54~14:54
時間(分)
48
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
MBS(毎日放送)
製作者
MBS(毎日放送)
制作社
MBS(毎日放送)
出演者
山中真、長谷川義史、ナレーション:寺田有美子
スタッフ
撮影:桂将太、コーディネーター:ジョージ西河、コーディネーター:ダニエル根保、コーディネーター:宮城ひとみ、編集:西口雅人、タイトル:粂亮治、CG:粂亮治、テロップ:川口和真、MA:黒澤秀一、編成:向功、AD:平岡大希、ディレクター:吉岡洋、ディレクター:梶山貴也、チーフディレクター:木越健太、プロデューサー:田渕伸一、プロデューサー:村田元
概要
毎日放送の『ちちんぷいぷい』で好評のコーナー「リアル世界くん」では、アナウンサーたちがこれまで約90の国と地域を訪れ、実際にそこで起きているリアルなことを伝えてきた。次の目的地は南極大陸。2015年3月5日木曜日、山中真アナウンサーは、およそ3週間のロケに旅立った。道中を逐一リポートしながら、南極大陸に向かう。実は彼は、取材中に見たもの感じたことを手紙と写真で大阪在住の絵本作家・長谷川義史さんに伝え、長谷川さんが絵で返信するという文通の約束をしていた。アルゼンチンの首都ブエノス・アイレス、世界最南端都市ウシュアイアの街の様子や人々の暮らし、名物料理などを伝え、辿り着いた南極では、極寒の地で暮らす動物たちの姿や神秘の南極海など、希少な場面の数々に出会った。長谷川さんは心温まる文章、ユーモア溢れる絵で返信する。彼の絵はゆるいムードの中にも奥深い内容が秘められていて、思わずため息がこぼれる。4人の子どもを持つ山中アナが旅の途中で思ったのは家族のこと。帰国した彼を、長谷川さんからのサプライズプレゼントが待っていた。全ての働くお父さんへ、そしてその家族へ届けたい「南極文通ものがたり」。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(第63回エンターテインメント番組優秀)

同じ年代の公開番組

日曜劇場 流星ワゴン〔6〕

絶望の淵に追い込まれ、「もう死んでもいい」とさえ感じていた一雄。そんな時、目の前に停まった不思議なワゴンカーに乗車する。ワゴンが向かうのは、一雄の人生にとって大切な分岐点だ。やがて、決して分かり合えないと思っていた父親・忠雄が同い歳の姿で現れる。後悔の人生をやり直すためのドライブが始まった。原作:重松清。(2015年1月18日~3月22日放送、全10回)◆第6話。忠雄(香川照之)が現実世界で今にも死にそうな状態にあることを、とうとう本人であるチュウさんに明かした一雄(西島秀俊)。死の淵で何か大きな後悔を抱いた忠雄の、やり直したいという強い思いが生み出した生霊…それが一雄の旅の中に現われた若い忠雄・チュウさんなのだ。後悔を消せないまま現実の忠雄が死んでしまえば、生霊の忠雄は永遠にこの世をさまようことになる。それを知った忠雄は、この時代の自分と接触しようと広島県福山市・鞆の浦の家へ向かう。しかしそれを知った橋本(吉岡秀隆)は一雄に忠告する。この時代の老いた忠雄と若い姿の忠雄、出会うはずのない2人が出会えば、時間の流れにゆがみが生じ、すべてが元に戻されてしまうと。これまでのやり直しの旅も無かったことになると知り、一雄は大急ぎでチュウさんを止めに走る。鞆の浦・永田家の前で、72歳の忠雄が秘書に囲まれて車を降りた。老いを感じさせない、迫力ある風情だ。そこへ生霊の忠雄が近づく…が、すんでのところで一雄と健太(高木星来)がそれを阻む。この時代の忠雄は一度倒れている。しかし頑なに検査を受けることを拒んだ。その結果、後にガンが発覚した時にはもう手遅れだった。「あのとき検査を受けておけばよかった」それが自分の死の淵での後悔だと確信しているチュウさんは、一雄にこの時代の自分を説得しろと言う。しかし、一雄は現実の忠雄とは長く口も聞いていない。ふんぎりのつかない一雄が家の前で躊躇していると、母・澄江(倍賞美津子)と妹・智子(市川実和子)がその姿を見つける。6年ぶりに実家へ足を踏み入れた一雄は、72歳の忠雄と対峙する。


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機銃掃射に怯えた日々 ~昭和20年 宮崎の空の下で~

昭和20年3月18日、沖縄上陸を目指すアメリカ機動部隊は九州東海上に空母群12隻を派遣し、艦載機1400機によって南九州や瀬戸内海周辺の航空基地や鉄道施設を攻撃した。宮崎県に対する空襲は、この日から8月の敗戦直前まで続いた。このうち機銃掃射による被害の実態は、これまで明らかにされてこなかった。戦後70年の節目。体験者や遺族からできるだけ多くの証言を集めて、忘れてはならない戦争の実態を浮き彫りにする。◆3月18日、串間市の百野達夫さんが蒸気機関車を運転中に、米軍機から攻撃され、客車は血の海となった。5月2日、延岡市沖の小さな島・島野浦では、国民学校をB24爆撃機が襲い、生徒4人と住民2人が犠牲となった。7月17日、宮崎市の港町・内海地区が攻撃され、国民学校2年生だった大澤ヒロ子さんは右手を失った。8月6日、軍都・都城市が空襲され、坂口フミ子さんは一緒に逃げた5歳の弟を失った。終戦の5日前には、西小林国民学校の児童8人を含む10人が機銃掃射の犠牲となった。番組では、宮崎県内7か所の被害を14人の証言で綴る。特集・戦後70年。


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