テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

戦後70年 平和への思い新たに

番組ID
210360
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2015年08月15日(土)15:00~15:53
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ山梨(UTY)
製作者
テレビ山梨(UTY)
制作社
テレビ山梨(UTY)
出演者
ナレーション:小田切いくみ
スタッフ
カメラ:古屋アキラ、ディレクター:三塚純、プロデューサー:田中勝也、制作:植松裕二
概要
戦時中を振り返る貴重な証言を集め、当時起きた出来事を通して戦争の悲惨さを理解し、戦後70年の節目の年に改めて平和の大切さを考える。UTY開局45周年特別番組。◆太平洋戦争での山梨県民の戦没者は約2万2千人。県内の様々な場所で今も尚、戦争の傷跡が残っている。上野原市ではB29に日本軍の戦闘機が体当たりし、その事実を住民が語り伝えている。山梨市には沖縄に向け飛び立ち、命を失った特攻隊員の手記が残されていた。都留市に住む戦死者の妻は、当時のつらい思い出を語る。沖縄に女学校を作り理想の教育を目指しながら、その夢が戦争でついえた北杜市出身の八巻太一。その教え子たちは亡き学友に思いを馳せながら、沖縄戦の悲惨さを語り伝えている。そして、1127人の犠牲者を出した甲府空襲。母と兄弟を亡くしながら生き延びた女性が、空襲の凄まじさを語る。

同じ年代の公開番組

語り継ぐ…戦後70年愛媛の記憶

戦後70年という月日は私たちにとって何を意味するのか。その時を生きた人々が語る貴重な証言から考える。みんなのニュースえひめスペシャル。◆「物がない日常の記憶」:太平洋戦争を10代という多感な年頃で過ごした女性たちに、当時のリアルな日々の生活について聞く。そして満足に食べることもままならなかった戦時中の食事を、記憶をたよりに再現してもらう。◆「松山空襲、戦禍の記憶」:1945年7月、愛媛県内最大の空襲となった松山空襲。当時15歳だった中山淳さんは兄弟の手を引いて走り、水田のあぜ道で難を逃れた。この時の米軍の作戦任務報告書には、最大限に破壊効果が得られる爆弾の量や破壊率などが詳細に記載されていた。松山は2時問で焼き尽くされ、中山さん曰く「音さえも燃えた」という。◆「練習台にされた町の記憶」:原爆が投下される直前の1945年7月。愛媛県東部の工業都市・新居浜に2発の模擬・原子爆弾が投下された。米軍はこの模擬原爆を全国49ヵ所に投下し、集めたデータを元に広島・長崎への原爆投下を決行した。◆「物言わぬ爪痕が刻む記憶」:戦闘機や偵察機などの飛行機を敵の空襲から守るために作られた掩体壕。元海軍航空兵の杉野富也さんは、日々死を覚悟しながら戦いの空へと飛び立った一人だ。旧松山基地の掩体壕を「遠い空で死んでいった仲間の墓標として残してもらいたい」と話す。◆「記憶を平和へ語り継ぐ」:愛媛県東部の商業都市・今治市で10歳の時に終戦を迎えた新居田大作さんと、現在「平和学」の授業で戦争について学ぶ大学生・清水里紗さん。二人の交流の中で悲惨な戦災体験が昨日のことのように語られる。時間の限り伝える努力をしたいという新井田さんの話は、清水さんの心境を「想い」から「行動」へと大きく変化させていく。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
新九州遺産 長崎 そうめん地蔵

JNN九州・沖縄共同制作シリーズ「新九州遺産」。九州沖縄地方の豊かな自然や古来からの歴史、多彩な文化など、かけがえのない郷土の遺産を後世に伝える。NEC Presents。◆長崎県長崎市日吉地区にある「飯香浦(いかのうら)町」と「太田尾(おおたお)町」。2つの町は隣町。町にはそれぞれお地蔵様がおられて、おふたりは兄弟だとも、姉妹だとも噂されている。毎年7月23日と24日に開かれる「地蔵まつり」には、特別に注文した2m(飯香浦)、3.3m(太田尾)もの、ながーい生そうめんを使った見事な兜(かぶと)や幔幕(まんまく)の「飾りそうめん」が供えられる。小麦の産地もない、そうめんの産地でもないこの地区で、なぜ「そうめん」?…なんでも、そうめんはお地蔵様の大好物なんだとか。家内安全、無病息災、豊作祈願の祈りを込めて行われる飾りそうめん作りは、扉を締め切った真夏の部屋の中で、地区のお年寄りたちが汗だくだくになりがら守り、伝えてきた。「なんもーほほーおー…」一回唱え終わるのに1時間近くもかかる意味不明な念仏もまた、口伝えで守られてきたもの。海と山に挟まれた小さな集落で、静かに、真面目に続いてきた「地蔵まつり 飾りそうめん」を記録した。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
黒柳徹子のコドモノクニ ~夢を描いた芸術家たち~ 片岡鶴太郎が巡るサトウハチローの世界 僕は不良少年だった…童謡詩人が母に捧げた愛の詩

大正11年から昭和19年までの22年間に287冊発刊された絵雑誌「コドモノクニ」。子どもたちの情操を育てるため、きら星のごとき芸術家たちがこぞって作品を掲載していた。この伝説の絵雑誌に作品を描いた芸術家の人生を“旅人”がたどる番組。◆初回スペシャルの旅人は、画家・書家としても活躍するタレント・片岡鶴太郎。2万編を超える詩作を残した童謡詩人・サトウハチローの世界をたどる。「ちいさい秋みつけた」「うれしいひなまつり」など、今も歌い継がれる童謡の作詞にとどまらず、終戦直後の日本人を元気づけた「りんごの唄」もサトウハチローが作詞したもの。黒柳徹子は交流のあったサトウハチローの印象を「こころの澄んだ詩人」と語る。◆数々の名作を残したサトウハチローだが、その足跡をたどると意外な事実が見つかる。少年時代は手の付けられない「悪童」で、更生施設があった小笠原諸島の父島で暮らした時期があったという。彼はいかにして、子どもたちに夢を与える詩人に生まれ変わったのだろうか。◆片岡鶴太郎が自身の人生を重ねながら、東京の茗荷谷、浅草、上野動物園とサトウハチローの足跡をたどる。通った小学校、大好きだったお酒、お気に入りの下町の甘味…。サトウハチロー晩年の弟子・宮中雲子さんへのインタビューからは、生涯母への思いを抱き続けた純粋な姿が浮かびあがる。◆旅を終えた旅人は、番組の最後に未来を生きる子どもたちのために作品を描く。果たして、片岡鶴太郎はどんな作品を残すのだろうか。BS朝日開局15周年特別企画。番組ナビゲーターは黒柳徹子。


cinematic_blurドキュメンタリーschool教育・教養tvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.