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ラジオ番組

RKBラジオ特別番組 “負の遺産”が未来を作る!消滅可能性都市の挑戦

番組ID
R24051
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2022年05月30日(月)21:00~21:26
時間(分)
26
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー・録音構成
放送局
RKB毎日放送
製作者
RKB毎日放送
制作社
RKB毎日放送
出演者
ナレーション:佐藤巧
スタッフ
制作:石川恵子、効果:寺岡章人
概要
福岡県南部、炭都として栄えた大牟田市は2014年「消滅可能性都市」(人口減少が一気に進み、消滅するおそれがある自治体のこと)に指定された。高齢者率36.8%と全国平均を大きく上回り、繁華街には空き店舗が目立つ。そんな大牟田に異変が起きている。中心地の商店街は2017年以来、イタリアンや中華にカレー屋等が次々と開店。立ち上げに関わったのは、町おこし業を生業とする冨山博史さんだ。自ら空きビルを一棟借り上げ、店子である各テナントのオーナーが自由にDIYができて開店費用を抑える仕組みを作った。市や商工会議所とタッグを組んだ開業支援で、2021年現在、中心地の商店街店舗数は1.5倍に増えた。しかし空き店舗問題はこれで解決したわけではない。大牟田市には老朽化した建物が多く、不動産業者から扱いを断られるケースも少なくない。冨山さん自身も築50年のビル一棟をタダ同然に引き取っている。古い空きビルの活用を模索する中、2022年新たな光が見えてきている。福岡市の吉浦隆紀さんが、空きビルとなって久しい美容室を手に入れ、「昭和テイストが若い世代に‘映える’活用をする」と名乗りを上げた。負の遺産を未来ある資源に変えるにはどうしたらよいのか。全ての地方都市が抱える「空家・空きビル問題」を消滅可能性都市が解決するのか。

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