テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

NNNドキュメント’21 帰ってきたロフマン ぼくが介護をやめたわけ

番組ID
217309
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2021年09月20日(月)00:55~01:25
時間(分)
25
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
テレビ信州(TSB)
製作者
テレビ信州(TSB)
制作社
テレビ信州(TSB)
出演者
ナレーター:土村芳
スタッフ
撮影:野本昌伯、EED:永井達也、題字:細野静耀、テロップ:鈴木聡哉、音響効果:番匠裕司、MA:浜口崇、ディレクター:久和健一郎、撮影:久和健一郎、編集:久和健一郎、プロデューサー:伊東秀一
概要
2008年、経済連携協定(EPA)に基づいて介護福祉士候補生として日本にやってきたインドネシア人のロフマンさん。来日4年目に介護福祉士の国家資格を取得し、延べ13年、お年寄りと向き合った。国は、団塊の世代が75歳以上となる2025年度に約32万人の介護人材が不足すると試算する。少子高齢化は予想以上の速さで進む。ロフマンさんは売り手市場となっている日本の介護現場を目の当たりにし、技能実習生として来日を希望する若者に介護と日本語を教え、後押しする送り出し機関の設立を目指していた。
受賞歴
ギャラクシー賞(第59回奨励賞)

同じ年代の公開番組

第35回民教協スペシャル おひさま家族 ~りんくん一家 10年の記録~

もし、生まれた時から「生きる時間」が決まっているとしたら、人は、家族はどのような人生を歩むのだろうか。色素性乾皮症(A群)は、太陽の紫外線を浴びると皮膚に火傷のような症状が出て、やがて皮膚癌を発症する病だ。さらに、神経障害も伴い30歳を迎える頃にはその生涯を終えると言われている。静岡県富士市に住む清麟太郎くん(18歳)は、生後10ヶ月の時にこの病気の宣告を受けた。10歳で歩行困難、15歳で起立不能、16歳で車椅子使用が平均的だという機能低下の経過を、りん君はほぼ時間通りに刻んでいる。彼にとって「生きる」事とは、死に向かって確実なスケジュールを辿ることでしかない。家族は、りん君の人生をできる限り豊かなものにしようと努力を続けてきた。静かに寄り添う祖父。孫の生きた証を残そうと、絵本を作った祖母。将来を見据え、介護の仕事に就いた母。他人に迷惑を掛けないよう、自分と同じ日に天寿を全うしてほしいと心密かに思う父。そして兄妹は。麟太郎君と家族の10年の歩みから、家族のあり様と生きる事とは何かを問い掛ける。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ネイチャー&ヒューマンスペシャル シリーズ10 雪猿 生命の森・志賀高原 秘湯を守る女将

長野県山ノ内町地獄谷には、温泉に入る野生のサル「スノーモンキー」を目当てに毎年多くの観光客が訪れる。険しい崖に囲まれた標高850mの秘境にひっそりと佇む温泉宿が、1864年創業の「地獄谷温泉後楽館」だ。7代目女将・竹節三枝さん(55歳)は、近所の子どもに接するようにサルたちに心を寄せている。三枝さんは社長令嬢として育ったが、30年前に大恋愛の末、家族の反対を押し切って奈良県から嫁いできた。「お嬢様」育ちの三枝さんにとって、地獄谷での生活は想像以上に厳しく、「まさに地獄だった」と語る。しかし、今では大工仕事、雪下ろしとあらゆる山仕事をこなし、海外留学で培った英語で外国人客をもてなすなど、宿は三枝さんを中心にまわっている。2020年春、小さな宿にも新型コロナウイルスの影響で苦難が襲い掛かる。客はゼロになり、休業を余儀なくされ無収入の日々が続いた。苦境でも三枝さんは江戸時代から続く秘湯を守ろうと新たな挑戦に乗り出す。悠久の大自然で共存する、人と生き物の四季を美しい映像とともに見つめた。◆ダイワハウススペシャル


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
NNNドキュメント’21 1・17阪神・淡路大震災 死ぬまで生きてやろうじゃないか ―神戸からの音がえし―

松原裕さん(39歳)は、ライブハウス経営と音楽プロデューサーを続けながら、神戸でチャリティフェスティバル「カミングコウベ」を開催してきた。毎年人気アーティストが100組近く集結し、入場無料とする代わりに募金を呼び掛けるなど、東北や熊本など他の被災地への支援を精力的に行っている。松原さんは中学生の時に神戸市で被災し、何もできなかった後悔の念から10年後の2005年にイベントを立ち上げ、松原さんの考えや熱意に共感するアーティストや神戸の企業によってイベント規模は年々大きくなっていった。ところが、2016年松原さんにステージ4の腎臓がんが見つかり、余命2年を告げられる。2児を育てるシングルファーザーでもある松原さんにとってあまりにも厳しい現実だが、決して諦めず、自らの病と闘い続け、宣告された2年が過ぎた。15周年となる2019年のイベント開催を見たいと願った松原さんだったが、開催まで残り1か月近くとなった4月に容態が急変し、家族や多くの仲間たちに見守られる中、息を引き取った。「キッカケは何でもいい、若い世代が自発的に震災・チャリティについて考える場にしたい」と語っていた松原さん。その遺志はどのような広がりを見せたのか。震災への支援の在り方と世代継承を伝える。


cinematic_blurドキュメンタリーmusic_note音楽tvテレビ番組