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テレビ番組

ノンフィクション北海道 無理しない ケガしない 明日も仕事 ~新根室プロレス物語~

番組ID
216814
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放送日時
2021年12月19日(日)14:00~14:55
時間(分)
46
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
北海道文化放送(UHB)
製作者
北海道文化放送(UHB)
制作社
北海道文化放送(UHB)
出演者
スタッフ
撮影:芦崎秀樹、イラスト:アカツキ、カメラ:目黒悦男、カメラ:川﨑秀司、その他:宮田敏美(ドローン)、その他:佐藤泰明(ドローン)、CG:森瑞紀、CG:佐藤茂富、MA:梅原浩介、演出:湊寛、編集:堀威、取材:堀威、プロデューサー:吉岡史幸
概要
2020年9月、サムソン宮本がこの世を去った。根室市で生まれ、おもちゃ屋を営んでいた宮本は、2006年地元の仲間たちと「新根室プロレス」を旗揚げした。メンバーは、土建業、寿司職人、銀行員など様々で、中には心の病を抱えながら宮本に励まされて参加したメンバーもいた。地元の神社などで年数回開催される興行の合言葉は『無理しない ケガしない 明日も仕事』。アマチュアらしいゆるいファイトとエンターテイメント性を前面に押し出したパフォーマンスが特徴で、地道にファンを増やしていった。2017年、宮本がプロデュースした体長3mの巨大レスラー「アンドレザ・ジャイアントパンダ」がSNSで大人気となり、全国的な存在へと急成長した。ところがその矢先、病魔が宮本を襲う。10万人に3人とも言われる希少ガン・平滑筋肉腫と診断された。5年生存率が30%の難病だった。これ以上プロレスを続けることが難しいと判断した宮本は、新根室プロレスの活動に終止符を打った。そしてメンバーにメッセージを残してこの世を去る。宮本が残したものは何だったのか。今年9月に根室で行われた1周忌の追悼プロレスの様子も交え、愛するプロレスを通じて、日本の東端の街を活気づけた一人の男の軌跡を追う。2022年放送人グランプリ特別賞受賞。
受賞歴
日本民間放送連盟賞(2022年エンターテインメント番組優秀)、ギャラクシー賞(第59回奨励賞)

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