テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

正月時代劇 家康、江戸を建てる 前編 ~水を制す~

番組ID
216617
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2019年01月02日(水)21:00~22:13
時間(分)
73
ジャンル
swords
時代劇
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK、NHKエンタープライズ
出演者
スタッフ
原作:門井慶喜、脚本:八津弘幸、音楽:林ゆうき、時代考証:佐多芳彦、考証:佐多芳彦(風俗)、考証:関文夫(土木)、考証:阿部貴弘(江戸まちづくり)、考証:青木直己(和菓子)、考証:小川雄(幕政)、考証:橘芳慧(所作)、指導:舟山弘一(殺陣)、指導:冨田泰彦(医事)、指導:小野礼司(和菓子)、指導:金敷駸房(書道)、その他:高嶋宏一郎、資料:大久保洋子、資料:野友明、制作統括:佐野元彦、制作統括:土屋勝裕、VFX:一色隆司(ディレクター)、美術:青木聖和、技術:小倉忠、音響効果:三谷直樹、撮影:當木雅人、照明:杓瀬圭介、音声:小田朝光、映像技術:横田幹次、VFXスーパーバイザー:関井和成、編集:掛須秀一、記録:外川恵美子、美術進行:窪喜圭、演出:西谷真一
概要
荒野だった江戸を、日本一の大都市にするという夢を抱いた徳川家康と、その夢に人生をかけた名もない男たちの「江戸づくり」の物語。原作:門井慶喜、脚本:八津弘幸。(2019年1月2日~3日放送、前後編)◆前編「水を制す」。徳川家康(市村正親)のために長年、菓子を作ってきた菓子職人・大久保藤五郎(佐々木蔵之介)は、家康に、江戸の民のために市中までの上水工事を命じられる。早速三河から江戸に向かった藤五郎は、3ヵ月かけてようやく飲むことのできる水源を見つけ出す。それは江戸最初の水道設備「小石川上水」として江戸城周辺の人々の喉を潤すことになった。一方、水害を防ぐことを命じられていた伊奈忠次(松重豊)は、水害の原因が利根川であることを突き止め、その流れを変えようとしていた。そして14年後、伊奈の活躍もあり、人口が急激に増加したことで、江戸では水が不足していた。水不足を解消するため、名主・六次郎(生瀬勝久)や技術者・清兵衛(千葉雄大)も加わり、壮大なプロジェクトが始まろうとしていた。

同じ年代の公開番組

WATCH ~真相に迫る~ ローマ教皇からのメッセージ ~戦争はもういらない~

核兵器廃絶を目指して1998年に長崎でスタートした「高校生平和大使」。大使の1人である広島県の松田小春さんは、アメリカで生まれて6歳の時に帰国し、初めて原爆のことを知る。被爆者の声は松田さんの価値観を変えた。「自分にも何かできることがあるはず」、そう考えた松田さんは「高校生平和大使」に応募した。大使としての最初の大きな仕事は、バチカンでローマ教皇の一般謁見に参列し、被爆地のメッセージを伝えることだった。そして2019年11月、今度はローマ教皇が広島を訪れることになり、松田さんはローマ教皇との再会を果たす。教皇は被爆地から、核廃絶のメッセージを発信した。一方、ローマ教皇が被爆地への関心を持つきっかけとなったのは、被爆直後の長崎で撮影された「焼き場に立つ少年」の写真だった。撮影したのは、米国の従軍カメラマンだったジョー・オダネルさん。オダネルさんは帰国後、悲惨な記憶とともに写真を封印したが、自らの原爆症の発症をきっかけに写真を公開することになり、それがローマ教皇の心を動かしたのだった。ジョー・オダネルさんの息子、タイグ・オダネルさんは、長崎を訪れ、ローマ教皇との対面を果たす。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
日本遺産 シーズン3〔5〕 鑿一丁から生まれた木彫刻美術館 井波(富山県) / 山寺が支えた紅花文化(山形県)

日本各地の有形無形の文化財を歴史的ストーリーで結び合わせ、文化庁が認定した「日本遺産」を各回2件ずつ紹介し、今まで知っているようで知らなかった日本を美しく描き出す。(シーズン3:2018年12月2日~2019年1月20日放送、全7回)◆第5回。前編:「鑿一丁から生まれた木彫刻美術館 井波(富山県)」。合掌造りの里「五箇山」で知られる富山県南砺市に、日本屈指の木彫刻の町、井波がある。瑞泉寺を中心に広がる門前町には今も200人を超える彫刻師が暮らし、町を歩けば、トントンとノミの音が聞こえてくる。瑞泉寺の再建時、京都の名工・前川三四郎が地元の大工に彫刻の技を伝え、井波彫刻が始まった。◆後編:「山寺が支えた紅花文化(山形県)」。山形の名刹、山寺(立石寺)は、かつて寺領地内で紅花の栽培を行っていた。紅花の花びらにわずか1%しかない紅色の色素は、高価な口紅や、紅色の染料の材料として非常に貴重だった。江戸時代、最上川を利用した船運ルートが確立されると、山形の紅花は最高級の「最上紅花」として高値で取引され、山形に富と文化をもたらした。


school教育・教養cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組