テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

IBC岩手放送 特別番組 震災10年、その先の未来へ

番組ID
215766
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2021年03月10日(水)10:25~11:20
時間(分)
48
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
IBC岩手放送
製作者
IBC岩手放送
制作社
IBC岩手放送
出演者
ナレーション:甲斐谷望、ナレーション:今井日奈子
スタッフ
字幕:須藤幸子、MA:関本芳紀、撮影:相澤雄仁、ドローン撮影:千葉貴秋、音声:高橋勝士、音声:杉江康一、ディレクター:佐藤桃花、字幕:藤村香織、撮影:千葉貴秋、撮影:杉江康一、撮影:福田実、ディレクター:金子未央、プロデューサー:角掛勝志
概要
東日本大震災から10年を迎えた被災地で、未来に向かう若者たちの姿を2部構成で描く。◆1部:「道程 震災孤児の10年」。盛岡市の男性は、あの日15歳。地元・陸前高田市で高校進学を控えていた。しかし大津波で自宅は全壊、家族を亡くし震災孤児として生きてきた。あの日から「何事にも期待しない」と決めている。震災孤児の現在地を見つめた。◆2部「津波伝承の種をまく」。岩手県沿岸にある大槌町。津波で多くの犠牲者が出た町のひとつだ。大槌高校には、震災後「復興研究会」が発足した。町の復興の歩みを定点観測したり、被災体験を伝承する活動を行っている。高校3年生の少女は、小学生だった当時、津波にのまれる町を見た。思い出すだけで辛い記憶だが、自分が「記憶がある世代」と「記憶がない世代」の狭間にいると感じ、自らの体験を絵本に残そうとしている。復興研究会での最後の1年を追った。

同じ年代の公開番組

追悼 笑福亭仁鶴さん ~天国ってどんなんかなー~

8月17日に84歳で亡くなった上方落語の重鎮・笑福亭仁鶴さん。MBSのライブラリーに残る貴重な映像とインタビューで故人を振り返る。笑福亭仁鶴さんは、日本の芸能史に大きな功績を残した。上方落語を全国に知らしめたパイオニアでもあり、「落語家タレントの先駆け」としても、あらゆる世代から愛され、国民的スターとして絶大な人気を集めた。番組では仁鶴さんの4年後輩にあたる六代目・桂文枝、仁鶴さんの筆頭弟子で上方落語協会会長の笑福亭仁智のインタビューとともに、MBSのライブラリーに残る貴重な映像で故人の在りし日を偲ぶ。桂文枝は「笑かしたるんやというパワーがあった。同じようにやっていたのでは、到底かなわないという思いはありました」と語り、仁智は「上方落語の噺家にも影響を及ぼして、次へもつなげたし、功績は計り知れない」とその死を惜しんだ。また、番組では4つのキーワード「落語家タレント」「劇場ネタ」「上方落語」「名ギャグ誕生の秘話」に分けて、国民的スターとして駆け抜けた仁鶴さんを振り返る。甦る笑福亭仁鶴さんの映像の数々、インタビューも含めて追悼する。


groups芸能・バラエティーcinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
第35回民教協スペシャル おひさま家族 ~りんくん一家 10年の記録~

もし、生まれた時から「生きる時間」が決まっているとしたら、人は、家族はどのような人生を歩むのだろうか。色素性乾皮症(A群)は、太陽の紫外線を浴びると皮膚に火傷のような症状が出て、やがて皮膚癌を発症する病だ。さらに、神経障害も伴い30歳を迎える頃にはその生涯を終えると言われている。静岡県富士市に住む清麟太郎くん(18歳)は、生後10ヶ月の時にこの病気の宣告を受けた。10歳で歩行困難、15歳で起立不能、16歳で車椅子使用が平均的だという機能低下の経過を、りん君はほぼ時間通りに刻んでいる。彼にとって「生きる」事とは、死に向かって確実なスケジュールを辿ることでしかない。家族は、りん君の人生をできる限り豊かなものにしようと努力を続けてきた。静かに寄り添う祖父。孫の生きた証を残そうと、絵本を作った祖母。将来を見据え、介護の仕事に就いた母。他人に迷惑を掛けないよう、自分と同じ日に天寿を全うしてほしいと心密かに思う父。そして兄妹は。麟太郎君と家族の10年の歩みから、家族のあり様と生きる事とは何かを問い掛ける。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
テレメンタリー2021 “3.11”を忘れない83 震災家族 ~遺された父と子の10年~

死者・行方不明者が約2万2000人に上る東日本大震災。宮城県は、被災した自治体の中で最も多い犠牲者が出た。女川町の漁師・鈴木高利さんは、津波で両親と妻・智子さんを失った。遺されたのは長男・智博くん(当時11歳)、長女・奈桜さん(当時9歳)、そして当時まだ2歳だった次女・柚葉ちゃん。7人家族が突然4人家族になって10年。学校のお弁当づくり、家事、病気の世話、漁師の仕事。子どもたちが成長するに伴って接し方にも悩みながら、高利さんは男手一つで子どもたちを育ててきた。現在、智博くんと奈桜さんは仙台の大学に通う学生だ。津波で突然母を失ったことを、まだ受け入れられないと語る智博くん。それでも、震災を語り継ぎ、少しでも命を救おうと活動を続けている。「こんな時、ママがいればな」と思った時もあったと語る奈桜さん。子どもの頃からの夢「保育士」になるために勉強中だ。まだ2歳だった柚葉ちゃんは、この春中学生になる。最愛の人を突然失い、遺された父と子どもたちは震災とどう向き合い、どう生きてきたのか。くじけそうな時、彼らを支えたものは何だったのか。ある家族が歩んだ10年を見つめ、震災遺族の今を伝える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.