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テレビ番組

TSS報道特別番組 刻みつけられた地獄 最初で最後のヒロシマPTSD調査 “Scars of Hell: The First and Last Hiroshima PTSD Survey”(英語字幕版

番組ID
212046
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放送日時
2010年08月06日(金)15:00~15:55
時間(分)
50
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
テレビ新広島(TSS)
製作者
テレビ新広島(TSS)
制作社
テレビ新広島(TSS)、TSSプロダクション
出演者
ナレーター:深井瞬
スタッフ
構成:岩井田洋光、資料:伊藤貫一、資料:桑本トキコ、資料:古川正一、資料:吉村吉助、資料:石津一博、資料:井上秀夫、資料:井上和子、資料:河崎源次郎、撮影:山本龍、音声:岡田加奈恵、音声:倉西正幸、音声:政清大介、音声:西本大輔、編集:佐々木誠治、EED:柳谷基司、MA:石井浩孝、MA:瀬島敬史、題字:那須恭子、ディレクター:横川慶治、プロデューサー:寺川良一
概要
2010年、広島市が発表した被爆者の精神的な状態に関する大規模な調査報告から、現在も被爆者の1~3%が、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えていることが明らかになった。被爆者で原爆資料館のガイドボランティアの白石多美子さん71歳は、ガイド中に強烈な「匂い」に突然襲われることがある。臨床心理士による検査の結果、白石さんは軽度のPTSDで、「匂いの再来」は、フラッシュバック症状のひとつだとされた。熱線で皮膚が垂れ下がった人々、水を求めて死んでいった人という悲惨な光景、そしてその場の匂いは、当時6歳だった少女の脳裏に強烈なトラウマとして刻みつけられたのだった。ほかに、逃げる自分を追いかける「キノコ雲」のフラッシュバックに怯え続ける72歳の男性の苦しみや、悪夢を恐れ、睡眠薬を飲み続ける84歳の女性など、被爆後65年が経過してもなお、当時の惨状の記憶に苦しむ被爆者たちを取材。被爆者の高齢化が進む中、最初で最後といわれている大規模なPTSD調査をきっかけに、これまで置き去りにされてきた、被爆者の心の傷の深さに迫る。(英語字幕版)

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沈まない「水没地区」 ~ダム計画に揺れる町~

政権交代で凍結された全国のダム事業。愛媛県の山鳥坂ダム事業は、住民が移転補償金額に合意し、用地買収の正式調印を目前に控えた中での突然の事業凍結だった。いわば用地買収が仮契約状態での事業凍結という、全国の凍結事業の中で、唯一のケースだ。◆1982年(昭和57)に予備調査が始まった山鳥坂ダム事業は、1992年(平成4)に地元旧肱川町がダム建設の受け入れを表明し、ダム計画は前進するはずだった。しかし長引く反対運動や与党からの事業中止勧告、計画見直しによる規模縮小などで足踏みが続き、水没地区住民は28年間、移転後の生活再建を待たされ続けた。◆水没地区に暮らすのは33世帯、約70人。平均年齢は75歳を超える過疎と高齢化がすすむ地区だ。ダム計画が出て以降は、水没地区はダムに沈むという理由で道路や水道などの施設に手は入れられず、置き去りにされたままである。◆そして2009年(平成21)9月にようやく補償金額が合意し、住民は移転後の新たな生活に向けて具体的に動き始めていた。ダムに沈まない土地に移転するために新しい家を買ったり、水没地にあるお墓を移転させたり、中には移転にかかる費用のローンが始まった人もいるという。しかし突然の事業凍結で支払われるはずの補償金が出ない事態に。◆国や民主党に要望を続ける自治会は、これまで生活再建を進めるためにダム建設推進を要望していたが、2010年になってダムの是非とは切り離して、生活再建の補償を優先して求める行動に出た。これ以上ダムの犠牲になって待たされる訳にはいかないのだ。ある住民は「もうダムはできなくてもいい」と口にする。28年間翻弄され続けた住民の叫びが聞こえてくる。(番組は2010年5月の状況を取材したものです)


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