テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

阪神・淡路大震災15年 特集ドラマ その街のこども

番組ID
207085
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2010年01月17日(日)23:00~00:13
時間(分)
73
ジャンル
recent_actorsドラマ
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK、NHK大阪
出演者
スタッフ
脚本:渡辺あや、音楽:大友良英、歌:阿部芙蓉美、監修:伊藤直幸(模型)、制作統括:京田光広、美術:岩倉暢子、音響効果:山田正幸、技術:坂本忠雄、撮影:松宮拓、照明:中村正則、音声:渡辺暁雄、映像技術:神戸大樹、記録:栗又三奈、編集:狩森ますみ、演出:井上剛
概要
2010年1月16日、新神戸駅で偶然知り合った勇治と美夏。ふたりには、誰にも言えず、抱え続けてきた震災の記憶があった。震災15年目の朝を迎えるまでの一晩の神戸を舞台に“語れずにいた想い”が不器用にあふれだす。◆「明日は震災の日か」と脳裏をかすめる勇治(森山未來)は、出張のため新幹線で広島に向かう途中、思わず新神戸で下車してしまう。そして、ホームで偶然知り合ったのが美夏(佐藤江梨子)だった。美夏は三宮の東遊園地で行われる追悼の集いに行きたいが、決心がつかず怖いのだという。
受賞歴
放送文化基金賞(第36回ドラマ番組部門本賞、脚本賞(渡辺あや))

同じ年代の公開番組

アファンの森の物語

森の再生活動を実践するため、25年前からC.W.ニコルさんが少しずつ土地を買いながら里山を育てている「アファンの森」。荒れ果てていた土地は、愛情と共に人の手を入れることにより、美しく健康的な森へと育ってきた。年毎に絶滅危惧種も増え、熊やふくろうも帰ってくるほど豊かな森となった。人間と自然が共存する豊かな森を育てたい、その思いがニコルさんの活動を支えている。◆日本は森林列島であり、“森の民”であった古来の日本人は自然と密にかかわりあいながら共生し、日常的に自然に触れて暮らしていた。昔も今も変わらず、人間は自然界の一部。“健全な生態系を維持することが、どれだけ大切なことなのか”今だからこそしっかりと感じ、考えなければならない。また、森は多くの恵みを人間にもたらしている。木材だけでなく、私たちの生命を支える水、大気、気候、食糧は、自然の営みなしには考えられない。◆日本中の森がよみがえることを願って誕生した「アファンの森」。雪におおわれた冬の森は静かで、心が浄化されるような心地良さがある。20年ぶりに「アファンの森」を訪れた竹下景子さんは、厳冬の中でも活発に命を育んでいる生き物たちの痕跡を見つける。ニコルさんは竹下さんのために“森の恵み”を使った料理でもてなす。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
刑事定年〔5〕 泥棒の帰郷

主人公・猪瀬直也は定年退職したばかりの元刑事。在職中は現場一筋、家庭を全く顧みなかった直也だが、定年後は再就職せず、妻との平穏な時間を大切にしたいと考えていた。しかし、実際に彼を待っていたのは思い描いていたような日々ではなかった。敏腕刑事の定年退職後に待ち受けていた生活とは?…彼はもう、刑事ではない。BS朝日開局10周年記念ドラマ。(2010年10月27日~12月29日放送、全10回)◆第5回「泥棒の帰郷」。猪瀬家の洗面所の床を踏み抜いて動けなくなった空き巣を捕まえた直也(柴田恭兵)。現役時代さながらに取り調べると、その男・三上(國村準)は20年以上前に出稼ぎで上京し、今晩の夜行バスで故郷の青森に帰る予定であることを知る。故郷で家族が待っているという話を聞いた直也は、警察に届けずに見逃してやることにし、三上を古くからの知り合いだと妻の早季子(浅田美代子)に紹介する。その日の夕食を共にするうち、東京で職を転々としながら苦労し、実は家族にも出て行かれていたことを三上は打ち明ける。やがて、直也は三上の娘が来週結婚する予定であることを知る。


recent_actorsドラマtvテレビ番組
窓をあけて九州 操さんの掛け干し

「棚田んために生まれてきたようなあんべがします」ぴったりと水が張られた田んぼで田植えをしながらそう話すのは野上操さん。薩摩半島の真ん中、東市来町尾木場の棚田の田守人だ。◆標高325メートルの山の斜面に広がる尾木場の棚田。その中でもひときわ目を引くのが、操さんの全長200メートルもある田んぼだ。蛇行する田んぼの曲線に沿うように、春には一面にレンゲの花が咲き、田打ち、代掻き、田植えに稲刈り、そして秋には長い掛け干しを作る。その曲線は人の手と山の風景がつくる芸術品のようだ。◆尾木場の棚田は明治時代に野上休右衛門という農夫の手によって開墾が始まった。休右衛門は操さんの祖父・喜次郎の兄にあたる人物。山の湧き水とため池の雨水を頼りに、明治・大正・昭和と時代を経て石を積み上げ出来上がった棚田は「休右衛門新田」と呼ばれ、山の上の人々の暮らしを支えてきた。先祖が開墾したこの棚田の四季の営みを、操さんは半世紀以上の間、大切に守っている。◆しかしここ20年ほどで離農・離村が続き、集落の人口は30人に減り、平均年齢は70歳を超えている。跡継ぎの居ない操さんも、山のふもとの病院に入院する妻タミさんの看病をしながら農作業を続ける毎日だ。戦後まもなく結婚し、山の上で操さんと働き続けてきたタミさん。そのタミさんのために早朝から棚田へ出て作業し、午後からは病院へ通う。3年間ほぼ休むことなく操さんはこの生活を送ってきた。◆そして65回目の田植えが始まる一月前の5月…。山の上の棚田の四季と、そこに暮らす田守人の棚田への思いを描く。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組