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テレビ番組

ミサヲさんの青春時代 ~時を越えた学びの時間~

番組ID
211181
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放送日時
2016年05月21日(土)01:52~02:47
時間(分)
49
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
IBC岩手放送
製作者
IBC岩手放送
制作社
IBC岩手放送
出演者
ナレーション:甲斐谷望
スタッフ
字幕:杉本吉武、字幕:藤村香織、カメラ:中村英資、カメラ:佐々木久、カメラ:福田実、カメラ:高橋孝夫、カメラ:外谷健一、カメラ:相澤雄仁、音声:高橋勝士、編集:佐々木久、ディレクター:佐藤将幸、プロデューサー:中島勝志、プロデューサー:中村好子
概要
重度の障害のため、小学校にすら通えなかった女性が2016年4月、高校生になった。約40年にわたり滝沢市内の障害者施設で暮らす板倉ミサヲさん(75歳)だ。遠野市出身のミサヲさんは、3歳の時に脳性まひを発症し、首から下が動かなくなった。重い障害などがある児童・生徒に教育を受けさせる義務を免除する「就学免除」により、ミサヲさんは小学校にすら通えず、60年余りにわたって学びの機会を与えられずに生きてきた。そんなミサヲさんに転機が訪れたのは2013年のこと。福祉ボランティアの活動で知り合った友人の支援によって、71歳で「盛岡となん支援学校」の中学部に入学。念願の学びの機会を手にした。初めての授業、運動会、そして友人との交流。60年余りの空白を埋めるように、ミサヲさんは青春時代を謳歌した。3年生になり、ミサヲさんはさらなる学びの機会を求めて高等部への受験を決意。ミサヲさんの75年間の人生を通して、「学ぶ」とは何か、そして「生きる」とは何かを描く。

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