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テレビ番組

FNSドキュメンタリー大賞 異人館の“きせき” ~海の見える喫茶店の防潮堤をめぐる4年間~

番組ID
210182
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放送日時
2015年05月31日(日)13:30~14:25
時間(分)
48
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
岩手めんこいテレビ(MIT)
製作者
岩手めんこいテレビ(MIT)
制作社
岩手めんこいテレビ(MIT)
出演者
ナレーション:井上智晶
スタッフ
撮影:高橋一彦、編集:高橋一彦、撮影:鈴木耕介、撮影:上川友記、MA:山内智臣、CG:本村真由美、広報:半野真美子、構成:井上智晶、ディレクター:井上智晶、プロデューサー:菊地十郎
概要
岩手県宮古市の宮古湾にたたずむ喫茶店「異人館」。2011年、東日本大震災の津波で大きな被害を受けたが、震災から3年が経った春、営業を再開。店内から海の見える景色は人々の心の癒しとなっている。しかし、来年にはその景色が失われてしまう。目の前に10.4mの防潮堤が建設されるからだ。喫茶店のマスター安倍主税さんは、消防団の活動中に津波に飲まれたが、奇跡的に生還した。九死に一生を得る経験をし、消防団員でもある安倍さんは、人々の命を守る防潮堤の必要性を実感しているだけに否定することができず、防潮堤と景観のはざまで揺れる複雑な思いを抱えている。異人館の再建から1年、安倍さんは防潮堤とどのように向き合ってきたのだろうか。そして、店の自慢の景観が失われることに対して何を考え、何を思い、異人館をどのように位置づけようとしているのだろうか。安倍さんの思いを通してそこに生きる人々の海に対する思いや三陸の自然の尊さを伝える。

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