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テレビ番組

シリーズ輝石の詩 蔵と暮らす 増田 内蔵が継ぐ栄華の記憶

番組ID
209213
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放送日時
2014年11月29日(土)16:00~16:55
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
秋田朝日放送(AAB)
製作者
秋田朝日放送(AAB)
制作社
秋田朝日放送(AAB)
出演者
語り:木野花
スタッフ
撮影:大平和人、撮影:山田敏拡、撮影:藤原峰、撮影:佐藤晃一、撮影:藤林充、撮影:中里仁、音声:五十嵐真人、音声:高橋雄大、音声:菊地肇、音声:佐藤見、タイトル:中泉一恵、タイトル:成田佳子、音響効果:田口恭平、MA:浜元瑞樹、編集:大平和人、ディレクター:北田牧子、プロデューサー:山崎宗雄
概要
秋田県横手市増田地区は、仙台藩や南部藩へ続く街道が通り、舟運にも恵まれた交通の要衝であった。明治から昭和初期にかけては養蚕や葉タバコなどの商いで繁栄を極め、小さな町でありながら、地区内に銀行や水力発電所までが設立された。商人たちは成功の証として「内蔵」を建て、全国から移り住んできた大工や左官が腕を競い、重厚な黒漆喰の扉や内鞘の精巧な組子細工など、その内蔵に美術品のような意匠を凝らした。◆現在、商家が並ぶ増田町の中七日町通りには45棟の内蔵が確認され、10.6ヘクタールが、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている。この重伝建選定をまちづくりのスタートと捉え、地域住民と行政が一体となった息の長い取り組みが始まった。◆歴史的に貴重なこの町並み「増田の蔵」を、今後どう守り、生かしていくのか。重伝建選定により、全国からも注目を浴び始めた蔵の町。守り続けてきた蔵に誇りを持ち、季節の行事を大切にしながら生活する人たちの日々の暮らしを追う。シリーズ輝石の詩・file.9。
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