テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

テレメンタリー2014 第五福龍丸被ばくから60年 還れない島

番組ID
208406
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2014年04月01日(火)02:25~02:55
時間(分)
26
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
静岡朝日テレビ(SATV・あさひテレビ)
製作者
静岡朝日テレビ(SATV・あさひテレビ)
制作社
静岡朝日テレビ(SATV・あさひテレビ)
出演者
ナレーション:夏川結衣
スタッフ
タイトル:松田慎吾、撮影:橋田民広、編集:海野真弘、MA:大出典夫、選曲:番匠祐司、ディレクター:峰島孝斉、ディレクター:中筋孝臣、プロデューサー:峰島孝斉
概要
1954年3月1日、太平洋マーシャル諸島のビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験で、近くにいた日本のマグロ漁船「第五福龍丸」が被ばくしてから60年。元乗組員の大石又七さん(80歳)は不自由な体に鞭打ち、そのマーシャルへと旅立った。そこには、自分と同じ死の灰を浴びたロンゲラップの人たちがいた。60年たった今も放射能の影響を恐れ、故郷へ戻れないでいる。そのロンゲラップの現状と原発事故で苦しむ福島の人の思いを伝える。

同じ年代の公開番組

イチスペ! 帰ってきたかりんとう

東日本大震災から3年。宮城県女川町は町の中心部を津波に流されるなど、震災で壊滅的な被害を受けた。震災前、女川町には全国から注文が相次ぐ、人気のかりんとう工場があった。障害者が働く作業所「きらら女川」。2011年3月には作業場を増設することになっていた。そして3月11日。工場の引越しを終えた後、津波に襲われて仲間2人が犠牲となった。◆経営者の阿部雄悦さんは廃業も考えたが、ガレキの中から奇跡的に大事なミキサーが見つかったため、工場の再建を決意した。しかし再建の場は、宮城から800キロ離れた鳥取県伯耆町。「きらら女川」の立ち上げに協力した同志・松原千晶さんの故郷だ。震災から3か月後、かりんとう工場は鳥取で再スタートした。◆しかし2人の目標は、あくまで宮城県女川町での工塲再建。そしてついに震災から2年4か月を経て、女川町にかりんとう工場が帰って来た。今では16人の障害者が働いている。阿部さんの代わりに、松原さんが宮城で働くこととなった。鳥取には阿部さんにしかできない仕事が多くあり、鳥取を離れられないからだ。◆鳥取県に残った、宮城県出身の阿部さん。被災地で働く、鳥取から来た松原さん。ふるさとを離れた2人の活動により、鳥取、宮城、両県に障害者の働く場が生まれた。震災から3年、阿部さんはふるさと宮城で開かれた追悼式に出席した。この時に初めて、阿部さんはカメラの前で本当の思いを語った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ヒノキは僕らの宝物 若い力が森林を再生する日

人口およそ1500人、岡山県北の小さな村・西粟倉村。村の面積の95%を森林が占め、その半分がヒノキだ。かつては日本の五大ヒノキ産地のーつとして栄えたこの村も、安い輸入材に押されて林業が衰退。過疎・高齢化も相まって、手つかずの森林が増えている。◆活気を失っていた村に、今は若者たちの明るい声が響いている。大島正幸さん(33歳)が代表を務める「木工房ようび」。ヒノキをはじめとする木工に魅せられて集まったメンバーは、6人全員が岡山県外からの移住者だ。大島さんが移住を決めたのは、3世代にわたって森を守り続けている延東義太さんの一言がきっかけだった。「きちんと手入れして子供のようにかわいい山なのに誰も欲しがらない」。◆ヒノキは光沢の美しさと香り、強度を兼ね備え、世界最古の木造建築・法隆寺にもみられるように、古くから建材に用いられてきた。しかし他の木に比べて柔らかく、油分が多いため、家具の素材には適していない。大島さんは試行錯誤の末、独自の工法を編み出し、そのタブーを打ち破った。これまで誰も手を付けなかった分野にあえて挑戦したのは、ヒノキの使い道が広がらない限り、村が進める「百年の森林構想」の実現はないと考えたからだ。◆そして、大島さんたちが最も力を入れているのが、ヒノキの学習机づくり体験ツアー。伐採から机づくりまでを親子で体験し、森林と生活の関わりを実感してもらおうというものだ。大島さんは木工の仕事を「ヒノキが育つ長い時間と、家具として使われる長い時間の間を預かる、短いけれど大切な役割」と話す。ヒノキという村の宝物を再び輝かせ、後世に伝えていこうとする若者の姿を追った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
隠ぺいバス 名古屋市交通局の「闇」

2011年に1989件もの名古屋市営バスの事故隠しが発覚。以来、CBCでは約300回に及ぶ名古屋市交通局の不祥事関連のニュースを放送した。その集大成の番組。「守るべきもの」は何なのかを問う。◆名古屋市交通局の現役職員がカメラの前で吐露した…「利益供与がある」「労使なれ合い」「事故を隠さなければ退職金にも響くのでもみ消す」「体質はそう簡単に変えられない」。交通局幹部は話す…「あえて事故を届けないケースもある」「組合役員運転手の優遇は無い」。市議会議員は追及した…「手を抜いて“らくちんな仕事”をし続ける組合役員の運転手がいる」。市長は口にした…「“構造腐敗”と思われても、しょうがないんじゃないの?」。◆2011年8月25日の1本のニュースは、名古屋市バスの事故隠しを伝えるものだった。その後の交通局の内部調査で、それまでの10年で1989件の事故隠しが発覚。4か月後、愛知県警が公文書の虚偽記載の疑いで、名古屋市交通局を家宅捜索した。前代未聞の出来事だった。◆公営バスとしては東京都営バスに次ぐ、1000台のバスを保有し運行する名古屋市交通局。なぜ運行ミスは起きるのか。なぜ事故を隠さなければならなかったのか。現役の交通局職員たちがカメラの前で暴露する内情は、耳を疑うようなことばかりだ。一人の記者が「なぜミスはおきると思いますか?」と交通局幹部に尋ねると…。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
イタイイタイ病 全面解決の影で ある医師の闘いと置き去りにされたもうひとつの病

日本で最初に認定された公害病「イタイイタイ病」。2013年12月、長年にわたって補償問題を協議してきた三井金属と被害者団体が「全面解決の合意書」を取り交わした。しかし、病気認定から半世紀近くを経た“完全決着”の取材を重ねていくと、いくつかの疑問が見えてきた。◆賠償や医療補償の対象にすらならない多くの腎機能障害の患者たち。さらに、きわめて重篤な患者しか認定してこなかった行政の認定基準の不透明さ。これまで開示されなかった全面解決へのプロセスを明らかにするため、当事者たちを直接取材した。◆イタイイタイ病の100年にわたる歴史は、国、県、大企業の「権力」に翻弄された歴史だ。地縁血縁の強い地域社会では、反論や異を唱えることがタブーとされてきた。そして、あまりにも長い月日の流れとともに、患者やその歴史を知る人たちは高齢化し、世を去っている。◆全面解決に合意したこの時こそ、イタイイタイ病の歴史と背景を記録し、後世に残す最後のチャンスだと考え、制作された番組。勇気を出して取材に応じてくれた被害者家族の思い、25年にわたってイタイイタイ病の認定審査会に関わってきた医師が初めて明らかにした証言などを伝え、行政の被害者認定と患者救済の姿勢に一石を投じる。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.