テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

ほっとネットとうほく 川反今昔物語 秋田美人が舞う

番組ID
209212
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2014年09月27日(土)16:00~16:55
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
秋田朝日放送(AAB)
製作者
秋田朝日放送(AAB)
制作社
秋田朝日放送(AAB)
出演者
語り:近藤サト
スタッフ
題字:浅利京子、撮影:藤原峰、撮影:佐藤晃一、撮影:石川智博、撮影:佐藤見、音声:高橋雄大、音声:金井拓哉、音声:泉能暁、音声:今野智、タイトル:中泉一恵、タイトル:成田佳子、タイトル:斉藤望、音響効果:田口恭平、MA:浜元瑞樹、編集:馬場尊也、ディレクター:小野裕介、プロデューサー:山崎宗雄
概要
東北を代表する繁華街、秋田市大町「川反(かわばた)」。かつては酔客が通りに溢れ、すれ違うことすらままならなかったという。夜の川反を華やかに彩っていたのは、川反芸者と呼ばれた芸妓たち。最盛期には250人を超える芸妓が、芸と美酒で客人をもてなした。「秋田美人」という言葉も、秋田を訪れた東京の文人たちが、川反の芸妓たちの美しさをそう表現したところから広まったものだといわれる。◆時代は移り、芸妓は川反から姿を消したが、秋田に現代版の芸妓を誕生させようという女性が現れた。水野千夏さん、25歳。「芸妓さんのように女性の美と芸で秋田を売り込むことに自分の可能性をかけてみよう」。水野さんは観光を目的とした「秋田舞妓」を誕生させようと奔走を始めた。キャッチフレーズは「会いにいける秋田美人」。“お座敷文化としての川反芸妓”と“観光としての秋田舞妓”。似ているようで違う世界に生きる、時代を超えた女性たち。彼女たちの姿と川反の今昔を描く。

同じ年代の公開番組

YBSふるさとスペシャル 来んきゃ食えんだ ~移動販売車が考える山梨の未来~

南アルプスの麓に位置する山梨県南巨摩郡早川町は、住民約1200人という”日本一人口の少ない町”。高齢化率は約50%で全国平均の2倍の高さだ。そんな早川町内には生鮮食料品を買えるお店が1か所しかない。そのため、車を運転できないお年寄りたちにとって、週1回やってくる移動販売が貴重な買い物の機会となっている。◆移動販売車を走らせているのは、南アルプス市にある食品卸売会社のマルハ。かつて早川町での移動販売は地元のJAが担当していたが、採算が合わないという理由でマルハに業務委託した。販売車には生鮮食料品をはじめ、洗剤やろうそくなどの生活用品、野菜の種まで揃っていて、お年寄りたちに“自分の目で見て物を買う”という楽しみを提供している。普段は取り扱っていない商品を購入して届けるサービスも行っており、町民の生活に欠かせない存在だ。◆移動販売はガソリン代や人件費がかさむため、利益を得づらい商売である。業務を安定して続けるには公的な補助が必要だと専門家は指摘する。しかし行政を取材すると、民間に頼り切りの実情が見えてきた。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ヒロシマを遺した男 ~原爆資料館 誕生秘話~

年間140万人が訪れる広島市の原爆資料館(広島平和記念資料館)。無残にも奪われた魂の叫びを国内外に伝え続けてきた。その原爆資料館が一人の男の信念によって生まれたことを知る人は、今となってはほとんどいない。◆広島文理科大学(現・広島大学)で地質鉱物学を指導していた長岡省吾さん。原爆投下の翌日、広島市内に入り、腰かけた石灯ろうが剣山のようにとがっていることに驚いた。「特殊な爆弾」だと直感した彼は、その後、焼け野原を歩き、焼けただれた石や瓦、ビンなどをひたすら集める続けるようになった。自宅はそんな「ガラクタ」でいっぱいだった。長岡さんは集めた石や瓦を公民館の一室で展示し始めた。生き残った者の使命として、「あの瞬間」に何があったのか伝えなければならない。そこには強い信念があった。◆被爆10年後、その信念が原爆資料館を生んだ。長岡さんは初代館長に就任することとなった。今では長岡さんについての資料はほとんど残っていない。番組では、わずかな手がかりをもとに国内外に当時を知る人々を訪ね歩き、長岡省吾さんの軌跡を追った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組