テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

日曜劇場 ルーズヴェルト・ゲーム〔4〕

番組ID
209695
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2014年05月18日(日)21:00~21:54
時間(分)
47
ジャンル
recent_actors
ドラマ
放送局
TBSテレビ
製作者
TBSテレビ
制作社
TBSテレビ
出演者
スタッフ
原作:池井戸潤、音楽:服部隆之、脚本:八津弘幸、脚本:西井史子、TD:淺野太郎、美術プロデューサー:大西孝紀、撮影:橋本智司、撮影:関毅、照明:鋤野雅彦、映像:下山剛司、音声:松尾亮介、編集:朝原正志、編集:尚宝、VFX:松野忠雄、タイトル:井田久美子、選曲:御園雅也、音響効果:田久保貴昭、MA:飯塚大樹、音楽コーディネーター:溝口大悟、デザイン:大木壮史、美術制作:やすもとたかのぶ、装飾:鈴木昌也、装置:田中健一、操作:藤原孝三、衣装:岩本起法子、ヘアメイク:藤井裕子、ヘアメイク:竹下フミ、ヘアメイク:大江明子、脚本協力:山浦雅大、監修:坂本剛、監修:林友宏、監修:國松崇、編成:辻有一、宣伝:田中瑞穂、Web:豊泉真由、スチール:大竹晶之、演出補:青山貴洋、制作担当:露崎裕之、監督補:田中健太、制作主任:須田浩代、制作主任:石渡大樹、制作進行:山野寛道、プロデューサー補:齊藤彩奈、プロデューサー補:藤井和史、記録:岩井茂美、デスク:藤田順子、プロデューサー:伊與田英徳、プロデューサー:川嶋龍太郎、演出:棚澤孝義
概要
予期せぬ不況の波と同業他社との抜きつ抜かれつの激しい攻防戦で、倒産寸前に追い込まれた中堅精密機器メーカー・青島製作所。会社を守り抜くため、男たちは奇跡の逆転劇“ルーズヴェルト・ゲーム”を巻き起こせるのか。決して諦めないサラリーマンたちに贈る、逆転に次ぐ逆転の物語。原作:池井戸潤。(2014年4月27日~6月22日放送、全9回)◆第4話。イツワ電器から仕掛けられた訴訟の風評被害により、倒産の危機に追い込まれた青島製作所。和解交渉も失敗し、もはや民事再生の申し立て以外に会社を救う術はないと思われた細川(唐沢寿明)に、ジャパニクスの諸田(香川照之)がイツワとの経営合併を持ちかけてくる。突然提案された合併話に戸惑う細川。諸田とイツワ電器の坂東(立川談春)は、合併比率は極力対等で、経営統合した暁には細川が社長を継続して欲しいと提案、青島製作所を救うには合併しかないと言い切る。返答を保留した細川だったが、会社を救うためには「合併か、それとも民事再生か」という選択肢を突き付けられ苦悩する。しかし追い討ちをかけるように、会社の経営危機の噂を聞きつけたメインバンクからの厳しい追及や社員たちの集団退職願いなど、難題が次々と襲い掛かる。細川は会長の青島(山崎努)を訪ねて、合併話を相談する。そんな中、負ければ即刻廃部となる青島製作所野球部は、新加入の投手・沖原(工藤阿須加)を擁し、都市対抗野球の予選を戦う。

同じ年代の公開番組

テレメンタリー2014 死への大脱走の果てに ~70年目のカウラ事件~

太平洋戦争中の1944年8月5日、オーストラリアの捕虜収容所で日本人捕虜1104人が集団脱走し、234人が死亡した。カウラ事件である。それは脱走というより、死を覚悟した自殺的な暴動だった。オーストラリア側の捕虜の待遇はジュネーブ条約にのっとった人道的なもので、日本人捕虜は充分な食事が与えられ、野球や花札、麻雀などの娯楽に興じていた。だが、下士官と兵の分離移動命令に端を発し、状況は一変。全員の投票により、約8割が脱走に賛成。捕虜になることを恥とした「戦陣訓」に象徴される旧日本軍の方針と、その場を支配する「空気」に流されやすい日本人の国民性が生んだ悲劇だった。◆2014年、事件は70周年を迎えた。現地では記念行事が5日間にわたって盛大に行われた。事件の生存者が少なくなる中、日本からただ1人参加した元捕虜の男性。参加を願いながら断念した元捕虜でハンセン病療養所に暮らす男性と、その思いを伝えるべく現地に向かう高校生たち。事件をテーマにした演劇を、記念行事の一環として上演する日本の劇団。事件により受けた傷から立ち直り、日豪間の友好と平和都市としての歩みを続けてきたカウラ市の人々…。それぞれを追いながら、事件が現代に問う教訓と、70年後の「今」を考える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
あの日の校庭に誓って ~大川小学校 遺族の日々~

東日本大震災の津波で、児童と教職員84人が犠牲となった石巻市立大川小学校。「学校管理下」で起きた未曾有の事故について、震災後、石巻市教育委員会、第三者事故検証委員会が調査してきたが、核心の問題は明らかとならないままだ。その核心の問題とは、地震発生から津波襲来までのおよそ50分間。「あの日、子供たちは誰の指示で、雪の降る校庭に留まったのか…」。◆さらに遺族たちを追い詰めたのは、事故後の市教育委員会の不誠実とも言える対応だった。苦渋の立場にありながら、子供を亡くした親たちは、それでも真実を解き明かそうと、今ももがき続けている。裁判を選んだ遺族、選ばなかった遺族、真実の究明に選んだ道は違えど、その思いは同じである。それぞれの親たちの未来に向けた一歩を描く。◆震災発生から3年5ヶ月あまり。親たちが抱く我が子への深い愛情は、あの時から何も変わっておらず、そしてこれからも決して変わることはない。深い愛情で育てられた子供たちが、突然犠牲となった2011年3月11日。余震が続き、雪が降り、不安だった、空白の50分間の子供たちの姿を見つめることで、命の意味を問う。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組