テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

生きることを選んで / 第26回民教協スペシャル

番組ID
207548
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2012年02月11日(土)10:15~11:10
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
山陰放送(BSS)
製作者
山陰放送(BSS)
制作社
山陰放送(BSS)、民間放送教育協会
出演者
ナレーター:坂口哲夫
スタッフ
取材:佐藤泰正、ディレクター:佐藤泰正、撮影:佐藤泰正、プロデューサー:真野操、構成:金杉文夫、撮影:日置祥二、撮影:花田真司、選曲:半澤知宏
概要
山陰放送報道部に在籍する谷田人司さん。かつては報道記者として活躍していたが、神経が侵されて体が動かなくなる進行性の難病・ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症。2009年以降、自宅療養をしている。◆谷田さんから同僚だった佐藤泰正ディレクターにメールが来た。そこには「生き抜く自信がない」「死なせてほしい」といった言葉があった。人工呼吸器がなければ生きられず、次第に病気が進む中、谷田さんの苦悩は深まっていた。そんな谷田さんの撮影を始める佐藤ディレクター。一方、谷田さんは他の患者さんを全国に訪ね、自分の「生きる意味」を探し始めた。

同じ年代の公開番組

農ガール☆かなやん奮闘記 ~大卒女子の挑戦!過疎地改革~

東京の大学を卒業した“かなやん”こと坂下可奈子さんは、2011年2月、決まっていた就職を断り、豪雪で知られる新潟県十日町市の山間地、池谷集落に単身移住してきた。池谷集落には6世帯13人が米を作り暮らしている。住民のほとんどが65歳以上の高齢者。いわゆる「限界集落」と呼ばれている地区だ。しかし、人々は農業に誇りをもって元気に生きている。坂下さんはそんな集落の人たちの素朴で純粋な生き方に魅せられて、新規就農者として集落への移住を決意した。◆それまで農業とは縁のなかった彼女にとって、就農の道は試練の連続。しかし初めて自分が育てた野菜の収穫にこぎつけた時には、これまで経験したことのない喜びを味わった。ただ、一人でできることの限界も感じ、たった一人での暮らしは時に寂しくなることもあった。それでも集落の人がいつも気にかけてくれることが、彼女の心の支えになっている。集落の人たちにとってもまた、彼女の存在は希望の光なのだ。◆集落の存続に向けて、新規就農者であり、集落の後継者でもある坂下可奈子さんの奮闘の1年間を追った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
マザーズ 「特別養子縁組」 母たちの選択

美沙さん(仮名23歳)は未婚で妊娠7か月。同棲している彼からは「中絶して欲しい」と言われた。中絶は嫌だったが、自分で育てる自信はなかった。そんな時、美沙さんは「特別養子縁組」という制度があることを知り、子どもを人に託す事にした。◆予期せぬ妊娠で産まれる子の養護を目的に、国が1988年に作った制度「特別養子縁組」。生後間もない小さな命が、産みの母から育ての母へリレーされる。美沙さんは予期せぬ妊娠の出産をサポートするNPOで暮らし、病院で出産した。1週間後、赤ちゃんは引き取られていくことになり、美沙さんは我が子との別れに泣き崩れたが、「私は命しか守れなかったけど、これから新しいお父さんお母さん家族に守ってもらいたい」と語った。◆14歳の少女は、妊娠に気付いた時には中絶できる時期を過ぎていた。少女の母親は施設に預けて何年後かに引き取って育てるかなど、悩んだのだが、結局彼女は出産後、養子として人に託すことを選択した。生まれた赤ちゃんは、不妊治療に見切りをつけ養子縁組団体に育ての親(養親)として登録した夫婦の元へむかえられた。◆養子縁組で男の子を育てあげた女性は、息子が反抗期の時に「こんな家に来たくなかった」と言われて辛い思いをしながらも、育ててくれた感謝の手紙をもらって感動したという。特別養子縁組で育ての親の元で成人した女性は、周りで中絶する友人もいたため、「産みの母」が命をくれたことに感謝している。しかし「生まれ変わったら養父母の元に生まれてきたい」とも語る。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.