テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

甦れ 東北の鉄路

番組ID
206448
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2012年03月25日(日)17:00~18:54
時間(分)
101
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
ビーエスフジ(BSフジ)
製作者
ビーエスフジ(BSフジ)
制作社
ビーエスフジ(BSフジ)、ワイズプロジェクト
出演者
ナレーション:村田好夫、ナレーション:藤田千代美
スタッフ
カメラ:安田亨、VE:玉井典生、VE:平賀崇裕、VE:安田壟亮、MA:吉田一郎、CG:上堀貴志、広報:渡邊真二、デスク:野崎弥生、ディレクター:西尾雅志、ディレクター:信原稚佳子、プロデューサー:堀内雄一郎、プロデューサー:毛阪一洋
概要
2011年3月の東日本大震災によって甚大な被害が出た東北の鉄道。いまだに復旧の目途が立たない路線が数多く残され、沿線の住民は不便な生活を強いられている。番組では震災2ヵ月後から被災地で長期取材を始め、全線復旧を目指す鉄道マンやそれを側面から応援しようと奮闘する鉄道写真家、そして1日も早い鉄道の復旧を願う沿線の多くの人々を取材。彼らの思いや復旧への道のりに立ちはだかる課題にスポットを当てる。走っているのが当たり前の鉄道、それが止まった時に人々の暮らしはどうなるのか、また被災地の鉄道にどんな未来が待っているのか。生活基盤としての鉄路を見つめ直す。

同じ年代の公開番組

ガイアの夜明け 10周年シリーズ企画「ニッポンの生きる道」第3弾 中国とどう向きあう?農村少女とトヨタの10年

経済の現場で奮闘している人たちを通して、経済ニュースの舞台裏に迫るドキュメンタリー「日経スペシャル ガイアの夜明け」。10周年シリーズ企画「ニッポンの生きる道」では、日本の経済や企業が今後進むべき道を様々な角度から検証していく。案内人は江口洋介。◆「ガイアの夜明け」では2002年5月に、中国のある少女が農村から都市部に出て「世界の工場」の担い手として成長していく姿を取材し放送した。経済発展する中国の実情を一人の労働者の目からつぶさに見つめたものだった。番組ではそれ以降も彼女のことを取材してきた。中国「農村少女」、激動の10年を伝える。◆また番組では2002年10月に、トヨタが中国・天津で現地工場の生産を開始する様子を独占取材して放送した。しかしその後、トヨタは中国市場で遅れをとっている。トヨタが歩んだ中国市場での10年を検証するとともに、今後の戦略に密着取材する。そして、日本企業の今後の中国との向き合い方も探っていく。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
テレメンタリー2012 “3.11”を忘れない20 闘う先生

福島県南相馬市の産婦人科医・高橋亨平さん73歳。周りの人たちは尊敬と親しみを込めて「センセイ」と呼ぶ。東日本大震災・原発事故後、市内のほとんどの病院が閉鎖する中、センセイは南相馬に残って診察を続けた。他の病院が閉まっている上に、震災による体調不良やストレスで患者は増加。内科や成人病、精神科まで、センセイは自分を頼って訪れる患者たちを診てきた。◆しかし妊婦の数は激変。放射能を恐れ、ほとんどの妊婦が南相馬市を離れた。月に20件以上あったお産は、月1件のペースに落ちた。「子供の生まれない街に未来はない」そう話すセンセイは、行政に先駆けて妊婦の家の除染に乗り出した。必要な道具を自費で購入し、同じ志を持つ仲間とともに除染を続けた。「行動することが一番大事」とセンセイは言う。◆南相馬市の復興を目指すセンセイに更なる試練が襲い掛かる。ガンがセンセイの体をむしばんでいた。主治医からレントゲン写真を見せられたセンセイは、余命半年と自らを診断した。放射能にガン。闘う相手は増えるばかりだが、センセイは歩みを止めない。抗がん剤を打ちながら診察と除染を続ける。(「いつ死んでも悔いが残らないように、一日一日を精一杯生きる」そう言い続けたセンセイは、2013年1月22日に天国へ旅立った。)


cinematic_blurドキュメンタリーondemand_video報道・時事tvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.