テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

NBS月曜スペシャル 聞いてください 母と娘の原発

番組ID
207385
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2012年05月21日(月)19:00~19:54
時間(分)
49
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
ondemand_video
報道・時事
放送局
長野放送(NBS)
製作者
長野放送(NBS)
制作社
長野放送(NBS)
出演者
スタッフ
題字:川村龍洲、映像技術:吉川勝義、タイトル:内山彰宏、構成:山口慶吾、取材:宮尾哲雄、撮影:宮尾哲雄、編集:宮尾哲雄、プロデューサー:義家竜彦、プロデューサー:太田耕司
概要
長野県須坂市出身の映画監督・坂田雅子さんは、ベトナム戦争で使われた枯葉剤被害の実態と責任のありかを追及するドキュメンタリーを製作してきた。一方、雅子さんの母・静子さんは生前、原発に反対してガリ版のミニコミ紙「聞いてください」を発行、事故と放射能汚染の危険性を訴え続けていた。◆2011年3月、東日本大震災が発生。福島でいったい何が起きているのか、雅子さんはカメラを持って、放射能汚染地域などを取材していく。そこには母が“予言”したとおりの深刻な実態があった。さらに再稼働を巡って揺れる新潟県の柏崎刈羽原発の現状も捉える。未来を担う子供たちのために「母の言葉をもっと真剣に聞けばよかった」と思いながら、雅子さんは映画づくりに取り組んでいる。

同じ年代の公開番組

NNNドキュメント’12 3・11大震災シリーズ おかえりが言えるまで

宮城県気仙沼市の鹿折地区は、東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた。この地区の“顔”と言われた商店街の一角に、創業93年の「すがとよ酒店」があった。菅原文子さんは店舗と家を兼ねたこの場所で、夫の豊和さんや息子たちと暮らしていた。◆2011年3月11日。家族8人が店にいた。強烈な揺れの後に押し寄せた大津波。豊和さんは家族に避難を促し、一人店に残ろうとしていた。2階の住居にいた文子さんは、豊和さんを助けようと階段を駆け下り手を伸ばした。豊和さんはその手をすり抜けて津波に流され、行方不明になった。◆3ヶ月後。文子さんは遺体が見つからぬまま、夫の死亡届を出した。それでも待っていた。時が経つにつれ、夫への思いが募った。文子さんは昔から好きだった「手紙」に帰らぬ夫への思いを綴った。◆2012年1月。鹿折地区では復興に向け被災建物の解体が進められていた。「すがとよ酒店」も解体の日を迎えた。夫婦の全てが詰まった店の解体。文子さんは心の中で何度も“ありがとう”とつぶやいた。そして、2012年6月。文子さんに突然の知らせが届く。


cinematic_blurドキュメンタリーondemand_video報道・時事tvテレビ番組
IBC自然スペシャル 中洞牧場のしあわせな牛物語

岩手県岩泉町の「中洞牧場」は、北上山系の標高800メートル近い高地にある。牧場主の中洞正さんは、ここに入植した1984年から、昼も夜も一年を通じて広い山間の林に牛を放牧する「山地酪農」に取り組んできた。牛は牛舎につながれることなく自由に歩き回り、ミルクを絞ってもらうために朝夕2回、自ら山を降りてくる。牛が下草やクマザサを食べてくれるおかげで、人は林に入りやすく、間伐や伐採がしやすくなる。山地酪農は酪農と林業が一体となった経営だ。◆中洞さんは「牛が幸せでなければ、おいしい牛乳はできない」と言う。一貫して目指してきたのは、牛と自然が共存する酪農。しかし、日本の主流は規模拡大と大量生産、経済効率優先の酪農…。中洞さんの選んだ道は苦労の連続だった。それでも、信念を持って取り組み続ける中洞さんのもとへ、全国から多くの若者が山地酪農を学びにくるようになった。◆信頼できるビジネスパートナーを得て、中洞さんは牧場に新たな牛乳プラントを作った。さらに東京・六本木にカフェを出店。ソフトクリームなどの製品の販売も始めた。中洞牧場に集まったスタッフの中からは、ここで伴侶を得て、山地酪農を受け継いで独立したいという若者が出てきた。中洞さんは応援し、牛舎で手作りの結婚式が行われる。番組は、のびのびと生きる牛と人間の、幸せな牧場の物語を紹介する。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.