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テレビ番組

報道特別番組 二つの核のはざまで ~福島・浜通りに暮らす被爆者たち~

番組ID
206680
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放送日時
2011年08月06日(土)08:30~09:25
時間(分)
49
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
中国放送(RCC)
製作者
中国放送(RCC)
制作社
中国放送(RCC)
出演者
ナレーション:藤村伊勢
スタッフ
撮影:田川直、撮影:高井哲朗、音響効果:片山敦子、演奏:片山敦子、録音:石崎泰生、録音:新名亮介、デザイン:秋山尚子、編集:正路周子、EED:中島俊明、MA:高橋弘通、ディレクター:藤原大介、プロデューサー:城雅治
概要
1945年の広島・長崎への原爆投下、そして2011年の福島原発事故により、核兵器と原子力平和利用の「二つの核」に翻弄される人々を追ったドキュメンタリー。◆福島県在住の被爆者健康手帳保持者は94人で、このうち8人が福島第一原発から30キロ圏内に住む。(2011年3月末現在、福島県まとめ)被爆による健康不安や差別を乗り越え、66年の歳月を生きてきた彼らを、再び放射能汚染が襲った。酪農を廃業し、後継者の孫の将来を憂う広島被爆の男性。最愛のひ孫と離れ離れの悲哀を味わうも、原発作業員の家族を思い、沈黙する長崎被爆の女性。被爆国日本が推進した原発の“負の側面”を背負う福島の被爆者と家族たち。平和利用であるはずの核に翻弄されながらも、懸命に生きる彼らの姿を描く。
受賞歴
ギャラクシー賞(第49回奨励賞)

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老後の住まい革命

北欧の福祉先進国で一般的な考え「エイジングインプレイス(地域居住)」をキーワードに、様々な環境で暮らす要介護高齢者を取材する。◆自宅の場合、自由があるが夜間や緊急時に不安を残すため、家族の援助が不可欠だ。施設(特養)の場合は、24時間のケア体制で安全面は確保されるが、スケジュール管理された不自由な生活を強いられる。また、画一的なケアによって入居者に依存心が生まれる懸念もある。自宅と施設は、いわば「二律背反」の関係だった。◆そこで、現代の社会福祉における基本理念「ノーマライゼーション」発祥の地で、福祉国家として知られるデンマークを訪ねた。この国は、50%前後の所得税と、25%の消費税で、手厚い社会保障を支えている。かつて特養のような施設整備を進めたことが、社会的入院の増加を生み、高齢者を社会から隔離することにつながった経緯から、「在宅ケア」への移行を図り、ニーズに応じたケアを提供する施策へと舵を切った。◆「自己決定」「残存能力の活用」「住居の継続性」を高齢者三原則に定め、入居者がケアスタッフと対等な関係のもとで自分らしい暮らしを継続できる、様々な高齢者住宅を整備している。首都コペンハーゲンの南西部にあり、福祉サービスが特に行き届いた街、スベンボー市の高齢者住宅にて取材した。◆日本でも「施設」から「住宅」への転換は進み、「高齢者専用賃貸住宅」が制度化された。賃貸借契約で、外部から個別の介護サービスが受けられ、安否確認など生活支援サービスも備える。病気や障害があっても、高齢者が精神的に自立した生活が送れ、生きることを幸せに思える社会の構築が急がれる。


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ひたすらにマウスを動かす。視線の先の画面には迷うことなく線が引かれ、色がのせられていく。鹿児島県奄美大島の養護学校に通う高校生・屋嘉比寛くん。彼にとってマウスは筆、パソコン画面はキャンバスだ。寛(ひろし)くんは高機能自閉症。一つのものへのこだわりが強く、人とコミュニケーションをとることが上手ではない。口数も多くない。けれど、彼の描く絵は饒舌だ。◆漆黒の闇、色が咲き乱れるように植物が浮かび上がる「奄美の夜の森」。緑の中を地平線の向こうまで一筋の道が続く「奄美の風」。煌く星の下に一羽のアカショウビンが凛と立つ「満天の奄美」…。鮮やかな色彩と大胆な構図、緻密な描写が、寛くんの絵の特徴。題材になるものは様々で、島の風景や動植物、好きな歌手など、記憶に強くとどまったものを何枚も何枚も描く。◆高機能自閉症は知的な遅れを伴わないために、見た目にはわかりにくい発達障害。こだわりの強さはわがまま、パニックは忍耐の欠如…。母親の厚子さんもそう捉えていた。学校から逃げ出したり、暴れてガラス窓を割ったり、家族にとっては闘いのような日々。自閉症と診断された時、厚子さんはいろんなことが腑に落ちた。「これで1からスタートが切れる」「絵は彼にとっての言葉だから」厚子さんは寛くんが自由に絵を描ける環境を整え始めた。◆番組は、パソコン画面の上に生み出されていく作品と、一人の少年の成長を記録した。


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90年に及ぶ塗炭の苦しみの歴史に終止符を打った、ハンセン病国賠訴訟。その勝訴判決から、2011年5月で10年が経つ。かつてのハンセン病療養所「星塚敬愛園」の入所者は次々と世を去り、いま当時の半分の200人ほどになってしまった。空き家の取り壊しが進んでいる。平均年齢82歳。元患者たちは、いまどのような生活を送っているのか。そして、どう人生の幕を降ろそうとしているのだろうか。番組では、裁判の原告として最初に立ちあがった3人を軸に、療養所の今とハンセン病問題が残したものを伝える。◆小説家だった故・島比呂志さん。1999年に支援者を頼り、80歳を超えた体に鞭打ち、北九州市に社会復帰した。そして「血のつながりのない家族」と人としての幸せを刻んで、2003年に亡くなった。弟妹との絆は断たれ、故郷・香川県には生きて帰れなかった。そして、7年の歳月が流れた2010年、母校から便りが届いた。◆上野正子さん(84歳)は、夫の清さんと裁判に立ちあがった。苦労を共にした夫は、4年前に他界。遺骨は、園の中にある納骨堂に納められた。社会に出ることを夢見た正子さんだったが、死んだら夫と同じ納骨堂に入ることを決めた。◆玉城シゲさん、92歳。わが子を強制堕胎させられ、ホルマリン漬けにさせられた過去を持つ。上野正子さんとともに、ハンセン病の歴史の語り部として講演活動を続けている。そして「国には死んでまで世話にならない」と言う。そのために、玉城さんは決めていることがある。◆老いと死を見つめる元患者達。その人生の「最期」の選択。療養所の看護婦が言う「現実の社会の方が厳しい。在園者や看護師たちが見送るここには、孤独死はありません」。療養所での隔離生活からの開放を目指した10年前。その当時の熱気とは違う、矛盾をはらんだ静かな現実がある。消してはならぬ負の記憶と、星塚の「いま」が問いかけるものを見つめる。


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