テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

SBCスペシャル 虹の家のサチ ~“家族”づくり~

番組ID
206511
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2011年05月25日(水)19:00~19:55
時間(分)
46
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
信越放送(SBC)
製作者
信越放送(SBC)
制作社
信越放送(SBC)、コンテンツビジョン
出演者
ナレーション:三島さやか
スタッフ
編集:和田秀一、CG:清水瞳、MA:塚田敏康、撮影:手塚孝典、構成:手塚孝典、プロデューサー:久保正彰
概要
児童養護施設で暮らす子どもは全国で3万人余り。長野県では15施設におよそ600人が生活している。虐待や養育放棄が増えるなか、親がいながら親と暮らすことのできない子どもが大半を占める。家庭復帰が望めない子、集団生活に馴染めない子、親子関係で心に深い傷を負った子、入所理由が複雑になり、きめ細かい対応が必要になっている。しかし、施設の設置基準は30年余り変わらず、慢性的な人員不足が続き、職員の情熱が支えているのが現実だ。◆長野市にある松代福祉寮は、他に先駆けて小規模グループケアに取り組んだ。近くの民家を改築した「虹の家」には5年前から6人の子どもと職員が暮らし、家庭に近い環境で子どもの自立と養育を支えている。5歳のとき福祉寮に預けられ、虹の家で暮らした18歳のサチ。この春、高校卒業を控えていた。親子の暮らしが叶わない子どもたちは何を支えに生きていけばいいのか。子どもたちを見守り、時に気持ちをぶつけ合う職員との日々を追う。

同じ年代の公開番組

テレメンタリー2011 ダブルプリズナー

岡山県の国立ハンセン病療養所で暮らす立花誠一郎さん(90歳)。このほどオーストラリア戦争記念館で65年前の貴重な写真が見つかった。1946年3月、シドニー港から帰国する立花さんを写したものだ。◆1944年8月、オーストラリア・カウラ捕虜収容所で日本人捕虜が集団で暴動、234人が死亡する事件が起こった。捕虜になることを恥とした旧日本軍の戦陣訓が、絶望的な自殺攻撃に彼らを駆り立てたのだ。収容所でハンセン病と診断された立花さんは、病院に隔離されていて、暴動を傍観するしかなかった。写真ではカメラに向かって笑顔を見せる立花さんだが、心の中は不安でいっぱいだった。帰国は新たな隔離生活の始まりだったからだ。◆捕虜とハンセン病。戦陣訓と誤った隔離政策という2つの国策に人生を翻弄された立花さん。長年、過去について口をつぐんできたが、戦後40年以上経ってようやく重い口を開き始めた。その思いを受け止めたのは、岡山市の高校生たちだった。だが、立花誠一郎という名前は多くの日本人捕虜がそうだったように今なお偽名である。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
木曜ドラマ DOCTORS 最強の名医〔8・終〕

普段は患者に笑顔で優しく接するスゴ腕の外科医だが、自分が信じる医療のためなら目的・手段を選ばない非情な一面も持ち合わせている医師・相良浩介。全ては患者のため、スーパードクター相良が腐りかけた病院に鋭いメスを入れる医療ドラマ。(パート1/2011年10月27日~12月15日放送、全8回)◆最終回。ステージ2の胃がんが発覚した相良(沢村一樹)は、その手術を森山(高嶋政伸)に依頼する。森山の腕を信じて自分の命を託す相良だったが、森山は相良を救うべきか否か、葛藤する。「相良さえいなくなれば堂上総合病院は自分のものになる」という気持ちからか、揺れ動く森山。そしてついに運命の手術の日を迎える。一方、重度の肝硬変で入院し、生体肝移植を目指していた光太郎(渋谷武尊)のドナー探しも難航していた。光太郎に「自分が戻ってくるまでいい子で待っているように」と言い残し、手術に向かった相良。その間、宮部佐知(比嘉愛未)らは必死の看護を続ける。だが、光太郎の生体肝移植手術は相良が戻らなければ実現しない。果たして相良の手術は成功するのか。そして光太郎の運命は。


recent_actorsドラマtvテレビ番組
IBC報道特別番組 ―明日への証― 再び大槌の海で

岩手県大槌町の漁師、越田秀一さん。越田さんは震災で養殖施設と3艘の漁船、そして父親・義男さんを失った。唯一の現金収入を得る手段である、雇用対策事業のがれき撤去作業に汗を流す越田さん。先の見えない不安に、わが子への申し訳なさや迷いが頭をよぎる。◆越田さんは震災以降、中学生の娘・華純さんと暮らすようになった。越田さんの離婚で母親と暮らしていた華純さんが「一緒に暮らしたい」と申し出たのだ。「お父さんが一人になってしまったから、手伝って、一緒に漁師やりたいって思った」と話す華純さん。「漁師の背中を見ていたい」。一度は大槌を離れて内陸で暮らすことも考えた越田さんだったが、華純さんの願いは越田さんを再び海へと向かわせた。◆自宅は被災しなかったものの職を失った越田さんには、義援金が支給されない。養殖資材が届くという知らせがあったが、結局届かない。資材が届いても、今度はホタテの稚貝が届かない。日に日に生活は厳しくなっていく。彼の日常は一進一退で、出口が見えない。そうした中、越田さんは気づく。娘を支えるつもりが、いつの間にか自分が華純さんに支えられて震災後を生きているということに…。


cinematic_blurドキュメンタリーondemand_video報道・時事tvテレビ番組
吉村作治 太陽の船復活 徹底解明!ピラミッドの謎 / RKB創立60周年記念番組

“太陽の船”は古代エジプトの死生観に基づいて作られた船。王(ファラオ)の魂は肉体の死後も永遠に生き続け、太陽の船に乗ってこの世とあの世を行き来するというものだ。太陽の船は2隻あり、この世とあの世は違う船に乗って天空を巡っていると、古代エジプトでは信じられていた。◆第1の太陽の船は既に発掘と復原を終えて展示されているが、第2の太陽の船は1987年に吉村作治教授率いる早稲田大学隊がその存在を確認。予備調査を行ったのは1993年だが当時の日本経済の落ち込みにより、資金難でプロジェクトを開始できなかった。しかし2007年、株式会社ニトリの資金援助によって2年の準備の後再開されたのが、発見後22年たった2009年4月であった。◆吉村教授による第2の太陽の船発見から約四半世紀。この回の発掘でようやく太陽の船を覆っていた巨大な蓋石を外して遺物の一部を肉眼で確認することができた。取材班は世界で唯一、蓋石が上げられた瞬間を捉えることに成功した。蓋石の取り外しには細心の注意が払われた。発掘用のテントの内部にさらに防護用のテントを設置し、遺跡内部と温度や湿度を合わせての作業だ。さらに発掘スタッフや取材スタッフも防護服を着用するという厳重な体制。4550年の時を経た空間に、遺物を損傷する可能性がある現代社会の細菌などを持ち込むわけにはいかないからだ。◆ピラミッドは余りにも有名だが、実は内部にも外部にも古代文字らしきものはほとんど描かれていない。一般的にファラオの墓と認識されているが、詳しいことは未だに人類最大の謎の一つだ。そこにこの回の発掘の学術的成果が太陽の船の発見だけにとどまらない大きな理由がある。取り外された蓋石には古代エジプト文字がたくさん描かれていたのだ。◆番組では巨大な蓋石に描かれていた文字をもとに、諸説あるピラミッドの建設方法や、なぜピラミッドは建設されたのかなど、フリーアナウンサーの小林麻耶が聞き手となってその謎に迫っていく。また、古代エジプト人は太陽の船をどのようなイメージで建造したのか、どのような航行を想像していたのかを、CG映像を交えて21世紀の現代に甦らせる。


cinematic_blurドキュメンタリーschool教育・教養tvテレビ番組
土曜ドラマスペシャル 蝶々さん ~最後の武士の娘~ 前編 誇りの代償

今も世界各地で上演されているオペラの名作「蝶々夫人(マダムバタフライ)」。そのモデルとなった女性は、明治初頭という時代に「武士の娘」としての誇りを手放すことなく生きた蝶々さんである。維新の長崎の色鮮やかな風情と壮大な歴史抒情詩を描くドラマ。原作・脚本:市川森一。(2011年11月19日~11月26日放送、前後編)◆前編。明治初頭、蝶々(宮?あおい)は亡き父の遺志を受け継ぎ、祖母・みわ(藤村志保)と母・やえ(奥貫薫)の手で、新しい学問を学ぶとともに、武士の娘としての心構えも学んだ。しかし、その祖母と母はコレラで急死し、孤児となった蝶々は長崎丸山の老舗「水月楼」の跡取りとして養子となる。ある時、蝶々は水月楼で酔って暴れた男を決死の覚悟で止め、それをきっかけに幼なじみの伊作(伊藤淳史)とユリ(池脇千鶴)と再会を果たす。跡取りとして存在感を増していく蝶々であったが、女学校への進学を約束してくれた養母・マツ(戸田恵子)が急死したことで、その座を追われてしまう。水月楼を去ることになった蝶々は舞妓になる道を歩き始める。


swords時代劇tvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.