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テレビ番組

ytvドキュメント 時計の針 ~亡き母へ 阪神・淡路大震災29年~

番組ID
219074
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放送日時
2024年03月09日(土)01:42~02:24
時間(分)
36
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
読売テレビ放送/讀賣テレビ放送(YTV)
製作者
読売テレビ放送/讀賣テレビ放送(YTV)
制作社
読売テレビ放送/讀賣テレビ放送(YTV)
出演者
ナレーション:黒木千晶
スタッフ
撮影:高倉芳和、撮影:綱本直、編集:松崎修三、EED:赤羽直樹、音響効果:久保秀夫、MA:佐伯謙丞、ディレクター:上馬場雄介、プロデューサー:堀川雅子、プロデューサー:吉川秀和、チーフプロデューサー:指宿文
概要
神戸市兵庫区にあった「神戸母子寮」は、夫の暴力や経済苦など、様々な問題を抱える母子が自立を目指す施設だったが、阪神・淡路大震災で全壊し、職員と母子のあわせて5人が亡くなった。鈴木佑一さんは、兄・一馬さんと母・富代さんとの3人で母子寮に暮らしていて、共にがれきの下敷きとなり、富代さんを失った。別居していた父親は、兄だけを引き取り、佑一さんは児童養護施設に入った。最初は父親や兄が迎えに来てくれることを期待していたが、父親は佑一さんを連れて行こうとはせず、一度面会に来た兄も「また迎えに来る」と伝えるも、その後会いに来ることはなく、「家族との時計の針」は止まった。その後、家族の存在について調べていくうちに、母子寮の元指導員・岡本由美さんと再会を果たす。そこで佑一さんは、兄の“ある後悔”を知る。そして知人の情報提供で兄の住所を知り、直接訪ねる決意を固める。震災から29年を経て、止まった「家族との時計の針」が再び動き始めた。

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