テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

ザ・ノンフィクション 泣き虫舞妓ものがたり

番組ID
207040
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2011年05月29日(日)13:00~14:35
時間(分)
79
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
フジテレビジョン(CX)
製作者
フジテレビジョン(CX)
制作社
フジテレビジョン(CX)、バンエイト
出演者
ナレーション:大路恵美
スタッフ
構成:山口卓馬、撮影:宮下清仁、編集:中谷江志、EED:賀古勝利、MA:村尾博一、音響効果:金田智子、演出補:世登和樹、広報:魏治康、デスク:伊藤ひろみ、テーマ曲:中孝介、チーフプロデューサー:味谷和哉、プロデューサー:進藤圭司、演出:市川雅康、編成:河端由梨子
概要
8年にわたって、お茶屋「大文字」の舞妓たちを取材してきたシリーズ番組。2人の泣き虫舞妓が成長する姿を追う。◆北野天満宮の東参道にある京都最古の花街・上七軒。千鶴さんは15歳の時に高校を中退し、その上七軒にあるお茶屋「大文字」の門を叩いた。舞妓は昼は舞や三味線などの稽古をし、夜はお座敷と忙しい毎日を送る。そんな中、人一倍繊細な千鶴さんはいつも涙を流していた。それでも厳しい世界に負けず、3年が経ち、夢であった芸妓まであと半年となっていた。その頃、新しく15歳の理音さんが「大文字」に入門する。名門私立中学からこの世界に入ってきたが、厳しい稽古に泣いてばかり。舞妓デビューの日も決まり、一層稽古に熱が入るが、なかなかやる気が見えない理音さんに、指導役の先輩たちはやきもきする。

同じ年代の公開番組

どーんと鹿児島 パソコンをキャンバスに

ひたすらにマウスを動かす。視線の先の画面には迷うことなく線が引かれ、色がのせられていく。鹿児島県奄美大島の養護学校に通う高校生・屋嘉比寛くん。彼にとってマウスは筆、パソコン画面はキャンバスだ。寛(ひろし)くんは高機能自閉症。一つのものへのこだわりが強く、人とコミュニケーションをとることが上手ではない。口数も多くない。けれど、彼の描く絵は饒舌だ。◆漆黒の闇、色が咲き乱れるように植物が浮かび上がる「奄美の夜の森」。緑の中を地平線の向こうまで一筋の道が続く「奄美の風」。煌く星の下に一羽のアカショウビンが凛と立つ「満天の奄美」…。鮮やかな色彩と大胆な構図、緻密な描写が、寛くんの絵の特徴。題材になるものは様々で、島の風景や動植物、好きな歌手など、記憶に強くとどまったものを何枚も何枚も描く。◆高機能自閉症は知的な遅れを伴わないために、見た目にはわかりにくい発達障害。こだわりの強さはわがまま、パニックは忍耐の欠如…。母親の厚子さんもそう捉えていた。学校から逃げ出したり、暴れてガラス窓を割ったり、家族にとっては闘いのような日々。自閉症と診断された時、厚子さんはいろんなことが腑に落ちた。「これで1からスタートが切れる」「絵は彼にとっての言葉だから」厚子さんは寛くんが自由に絵を描ける環境を整え始めた。◆番組は、パソコン画面の上に生み出されていく作品と、一人の少年の成長を記録した。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
越中人譚 時代の冒険者たち アルミ王国を築いた竹平兄弟の絆

富山県が輩出した、時代や世界を動かしてきた先人たちの生い立ちや転機にスポットを当て、それぞれの時代背景をとらえながら、彼らの生き方が現代の人々に訴え、語りかけるものを描く。越中人譚プロジェクト“時代の冒険者たち”第8話。ナビゲーターは西美香。◆小作農に生まれた竹平政太郎は工業人になり、「高岡をアルミの産地」にすることを夢に描いた。その目標に向かい、人生のすべてをアルミに捧げていく。しかし、政太郎の思い描くアルミ産地化には多くの苦難が待ち受けていた。彼はどんな困難があろうとも、自分の信念を貫く。その一途な姿を間近で見ていた弟・竹平栄次は、兄を全力で支えていった。そして、二人はアルミを富山県の基幹産業へと発展させていく。◆三協アルミの創業者・竹平政太郎と、立山アルミの創業者・竹平栄次。番組では、兄弟の絆が紡いだアルミ王国とやまの知られざる物語を、再現ドラマと証言者のインタビューを交えて紹介する。さらにチューリップテレビの秘蔵映像を使い、地域の発展に生涯を捧げた兄弟の姿を壮大に描く。


cinematic_blurドキュメンタリーschool教育・教養tvテレビ番組
どーんと鹿児島 故郷いまだ遠く ~星塚敬愛園は今~

90年に及ぶ塗炭の苦しみの歴史に終止符を打った、ハンセン病国賠訴訟。その勝訴判決から、2011年5月で10年が経つ。かつてのハンセン病療養所「星塚敬愛園」の入所者は次々と世を去り、いま当時の半分の200人ほどになってしまった。空き家の取り壊しが進んでいる。平均年齢82歳。元患者たちは、いまどのような生活を送っているのか。そして、どう人生の幕を降ろそうとしているのだろうか。番組では、裁判の原告として最初に立ちあがった3人を軸に、療養所の今とハンセン病問題が残したものを伝える。◆小説家だった故・島比呂志さん。1999年に支援者を頼り、80歳を超えた体に鞭打ち、北九州市に社会復帰した。そして「血のつながりのない家族」と人としての幸せを刻んで、2003年に亡くなった。弟妹との絆は断たれ、故郷・香川県には生きて帰れなかった。そして、7年の歳月が流れた2010年、母校から便りが届いた。◆上野正子さん(84歳)は、夫の清さんと裁判に立ちあがった。苦労を共にした夫は、4年前に他界。遺骨は、園の中にある納骨堂に納められた。社会に出ることを夢見た正子さんだったが、死んだら夫と同じ納骨堂に入ることを決めた。◆玉城シゲさん、92歳。わが子を強制堕胎させられ、ホルマリン漬けにさせられた過去を持つ。上野正子さんとともに、ハンセン病の歴史の語り部として講演活動を続けている。そして「国には死んでまで世話にならない」と言う。そのために、玉城さんは決めていることがある。◆老いと死を見つめる元患者達。その人生の「最期」の選択。療養所の看護婦が言う「現実の社会の方が厳しい。在園者や看護師たちが見送るここには、孤独死はありません」。療養所での隔離生活からの開放を目指した10年前。その当時の熱気とは違う、矛盾をはらんだ静かな現実がある。消してはならぬ負の記憶と、星塚の「いま」が問いかけるものを見つめる。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.