テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

テレメンタリー2022 主席への手紙

番組ID
217718
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2022年10月24日(月)02:30~03:00
時間(分)
25
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
名古屋テレビ放送(メ~テレ)
製作者
名古屋テレビ放送(メ~テレ)
制作社
名古屋テレビ放送(メ~テレ)
出演者
ナレーション:韓英恵
スタッフ
題字:佐々木茂、協力:RUI、協力:陳鳳鳴、撮影:大泉真一、撮影:浅井大輔、音声:手塚喬大、編集:世古和弘、編集:田中博昭、音響効果:小林由香里、MA:犬飼小波、プロデューサー:井上準、ディレクター:村瀬史憲
概要
佐々木敦子さん(78歳)の夫・荘則棟は、卓球の元中国代表選手で、世界卓球選手権を3連覇した“英雄”だ。荘は東西冷戦下にあった1971年、世界卓球選手権で敵対していたアメリカのグレン・コーワン選手と握手を交わし、米中が国交を結ぶきっかけを作った。荘は33歳で中国の国家体育運動委員会主任(スポーツ大臣)に抜擢されたが、毛沢東の死後、文化大革命で権力の側にいた「過ち」を批判され失脚。表舞台から姿を消し、子どもたちに卓球を教えるコーチとして生きてきた。敦子さんは商社の駐在員として働いた北京で、荘との交流が始まり結婚しようとするが、当局から許可が下りず、交渉の末条件付きで結婚が認められた。穏やかな夫婦生活を送り、荘は2013年に73歳で亡くなった。しかし文革時の「過ち」は、死後もついて回り、当局からは荘の葬儀を禁じられ、多くの公人が眠る墓地に墓を作ることも許されなかった。敦子さんは、荘の名誉を回復させるため、中国の習近平国家主席あてに手紙を書くことを決意する。

同じ年代の公開番組

泡沫の夢 ~戦没画学生 よみがえる青春の影~

長野県上田市の美術館・無言館には、先の戦争で犠牲となった画学生の画が展示されている。このうちの2枚、「静子像」と「裸婦(デッサン)」は、佐久間修が自分の妻を描いたものだ。佐久間は熊本県出身、昭和9年(1934)に東京美術学校(現・東京藝大)に進み、油画を学ぶ中、静子と出会った。佐久間は卒業を待ち、静子と結婚するため熊本に戻る。最初は猛反対した両親だったが、やがて二人の情熱にほだされ結婚を承諾した。結婚後、佐久間は大阪で美術教師になり、子宝にも恵まれた。その頃、佐久間が描いたのが、あの2枚の画だった。しかし、幸せは長くは続かず、佐久間は肺を患い家族と帰郷する。太平洋戦争末期、学徒動員が本格化。病が治り県立中学に復職した佐久間は、男子生徒300人を引率し長崎県の飛行機工場へ向かった。昭和19年10月、佐久間は空襲に遭い、29歳の若さで還らぬ人となった。遺された静子と2人の幼子の戦後の暮らしには、いつも傍らにあの2枚の画があった。番組では、佐久間の形見となった画の軌跡を追う。戦没画学生たちの画に秘められたそれぞれの青春群像を描きながら、戦争の醜さと平和の尊さを考える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
WATCH 真相に迫る スペシャル 幸せをあきらめない ~由佳さんと家族 6年9か月のキセキ~

広島県に住むネイリストの中野由佳さんは、コンテストで全国10位に輝くほどの腕を持つネイリストだった。しかし2016年、突然交通事故に巻き込まれ、脊髄を損傷。手足にまひが残り、両手の握力をほとんど失い、車いす生活となった。医師からは「もう二度と歩くことはできない」との宣告を受け、「なぜ神様は私を生かしたのか」と自問する日々。それでも絶望の淵から彼女を救ったのは「家族」の支えだった。優しい母と強く厳しい父に励まされ、由佳さんは病室に「ネイリスト復帰」と「必ず歩く」という2つの夢を掲げて、リハビリに打ち込んだ。1年以上の入院を経て、実家に戻った由佳さんは、足を固定する装具をつけてひとりで立つことができるようになっていた。さらに事故からちょうど2年の2018年、由佳さんは再び、ネイルサロンをオープンしてネイリストに復帰した。そして、あきらめかけていた「恋愛」と「母になること」も、「障害は関係ない」と言ってくれる人と出会い、母になるという夢を叶えた。どんな逆境の中でも、幸せになることをあきらめなかった彼女が、新しい家族と歩きだすまでの6年9か月を見つめた。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.