テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

新ふるさと百景 ものづくりの職人技 ~現代の名工・旋盤 紺本忍夫~

番組ID
217093
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2021年12月05日(日)17:00~17:30
時間(分)
25
ジャンル
school
教育・教養
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
日本海テレビジョン放送(NKT)
製作者
日本海テレビジョン放送(NKT)
制作社
日本海テレビジョン放送(NKT)
出演者
ナレーション:定常菜都子
スタッフ
概要
時代の流れとともに消えようとしている、ふるさと島根・鳥取の素顔、自然、生活、文化、伝承行事などを、映像遺産として後世に伝えるシリーズ番組。◆鳥取県米子市にある菊水フォージング。創業74年、ステンレスやマグネシウム、鉄などの機械部品を作る会社だ。ここで働く紺本忍夫さんは、2019年に優れた職人に贈られる、厚生労働省の『現代の名工』に選ばれた。およそ30年、その技術を持ってしかできない、旋盤を使った製品を作り出している。紺本さんのものづくりの職人技に迫る。

同じ年代の公開番組

NNNドキュメント’21 人生は…ジグソーパズル

熊本県宇土市で暮らす、岸英治さん(66歳)と信子さん(65歳)の一家。2人にはハネムーンで授かった長男から17歳離れた末っ子まで10人の子どもがいる。生活は経済的には決して楽ではない。たこ焼きパーティの具材にはタコはなく、家族の散髪は英治さんが全て引き受ける。しかし、子どもが増えても、一人一人と向き合う時間を作ってきた。長い人生の間には生活の危機もあった。2010年には火事で自宅が全焼。さらに2016年には熊本地震を経験。隣接する信子さんの母や巣立った子どもの家には被害が出たため、実家での3世代の同居生活が始まった。やがて10人いた子どもたちも多くが巣立ち、家に残るのは末っ子2人の息子だけとなり、今では13人の孫のおじいちゃん、おばあちゃんになった英治さんと信子さん。どんな困難があっても笑顔で生きていられるのは「そこで幸せを見つけられるから」と言う。新型コロナで生活が制限された2020年には2人とも入院を経験した。それでも「大変な時こそ、その中で得られる気づきや幸せがある」と笑顔のタネを見つけていく。岸さん夫婦にとっての“家族”や“幸せ”を見つめる。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
NNNドキュメント’21 1・17阪神・淡路大震災 死ぬまで生きてやろうじゃないか ―神戸からの音がえし―

松原裕さん(39歳)は、ライブハウス経営と音楽プロデューサーを続けながら、神戸でチャリティフェスティバル「カミングコウベ」を開催してきた。毎年人気アーティストが100組近く集結し、入場無料とする代わりに募金を呼び掛けるなど、東北や熊本など他の被災地への支援を精力的に行っている。松原さんは中学生の時に神戸市で被災し、何もできなかった後悔の念から10年後の2005年にイベントを立ち上げ、松原さんの考えや熱意に共感するアーティストや神戸の企業によってイベント規模は年々大きくなっていった。ところが、2016年松原さんにステージ4の腎臓がんが見つかり、余命2年を告げられる。2児を育てるシングルファーザーでもある松原さんにとってあまりにも厳しい現実だが、決して諦めず、自らの病と闘い続け、宣告された2年が過ぎた。15周年となる2019年のイベント開催を見たいと願った松原さんだったが、開催まで残り1か月近くとなった4月に容態が急変し、家族や多くの仲間たちに見守られる中、息を引き取った。「キッカケは何でもいい、若い世代が自発的に震災・チャリティについて考える場にしたい」と語っていた松原さん。その遺志はどのような広がりを見せたのか。震災への支援の在り方と世代継承を伝える。


cinematic_blurドキュメンタリーmusic_note音楽tvテレビ番組
FNSドキュメンタリー大賞 妻を迎えに ~女川の海に潜り続けて~

宮城県女川町では、東日本大震災で615人が死亡、257人が行方不明となった。この町に住む高松康雄さんは、行方不明となった妻の祐子さんを探すため、潜水士の資格を取り毎週海に潜っている。きっかけは震災から1カ月後に見つかった祐子さんの携帯電話だ。勤務先で避難していた祐子さんは、津波が押し寄せる中、高松さんにメールを送っていた。「大丈夫?帰りたい。」妻の想いに応えるため、海に潜ることを決心した。しかし、1回の捜索で可能な潜水は20分~30分程度。体への影響も考え1日2回までとしている。捜索活動を続けるが、祐子さんにつながるものは見つからない。震災から10年目の2021年3月11日、高松さんは、祐子さんと同じ職場だった犠牲者遺族と一緒に海上から花を手向け、「どこにいるの」と声をかけた。海を見るたび「このどこかにいるのだろう」という気持ちになる。今年で65歳。捜索を始めて7年目。海に潜った回数は 500回に迫ろうとしている。「迎えにいく、会いにいくという気持ちは変わらない。後は体力がどこまで持つか」と語り、高松さんは海に潜り続ける。 


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組