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ニュース映画

毎日世界ニュース 416 キカイをつくる機械

番組ID
N00812
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
上映日
1959年07月29日(水)
時間(秒)
69
カテゴリ
科学・技術・産業
概要
ブームに乗って自動車の生産は今急ピッチ、すべてオートメーション化されたトランスファーマシンが一貫作業で部品を作る。プラスチックも時代の花形、射出成型機からはテレビの部品が自動的に作り出される。芝浦機械製作所では、あらゆる生産分野の基盤となる数々の工作機械が絶え間なく動いている。巨大な横中ぐり盤、簡単なボタン操作で自由自在だ。高度の精密さを要求される部品や歯車の製作、ホブ盤で船舶用の大きな歯車を、また精巧な小さな物は我が国唯一のまがりばかさ歯車盤などで見事に形づくられている。こうして日本の産業を支え、新しい力を生み出す機械工業は、日夜力強い躍動を続けているのである。(週間話題)

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毎日世界ニュース 412 日本の鼓動 六月二十五日

1959年6月25日、閣僚を入れ替えて守りを固めた岸信介内閣は、最大の関門、安保条約改訂問題を抱えて臨時国会に臨んだ。政府の防衛力強化の方針に、一周年を迎えた自衛隊習志野空挺団では訓練にも一段と気合いが入り、海上自衛隊には日米相互防衛援助協定による、戦後最大の国産駆遂艦「てるづき」も誕生した。同じ日、アメリカへ向かう練習艦隊と入れ代わりに、鹿児島港に日本の最南端与論島から平和行進が到着、原水爆禁止の悲願を込めて広島への歩みが続けられた。韓国(大韓民国)から米軍の撤退を求めて気勢をあげる北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の人々も、帰国を前に喜びの表情が溢れているが、この日は祖国の姿そのままに、南北入り乱れての朝鮮動乱記念日となった。防衛庁前には安保条約改訂反対のデモ隊が押しかけ、日比谷で全国統一行動日の中央大会が開かれた。防衛予算より米価の補償をと農民も立ち上がり、折りから開かれている米価審議会に適正米価を要求して農林省前へ坐り込みの作戦に出た。夜の街では全学連の学生たちがデモをくり返し、またしても警官隊と衝突し、この日のフィナーレは夜の更けるまで続けられた。1959年6月25日は、国の運命を決める多くの問題を抱えて悩む日本の縮図ともいうべき一日であった。


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