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テレビ番組

テレメンタリー2021 “3.11”を忘れない83 震災家族 ~遺された父と子の10年~

番組ID
216834
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放送日時
2021年03月07日(日)11:20~11:50
時間(分)
26
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
東日本放送(KHB)
製作者
東日本放送(KHB)
制作社
東日本放送(KHB)
出演者
語り:滝藤賢一
スタッフ
MA:市川健治、音響効果:片山由理、タイトル:白土裕真、タイトル:平塚祐輔、撮影:小泉聖二、撮影:冨塚光明、編集:須田義一、ディレクター:弓削愛、プロデューサー:藤井尚弘、制作:阿部佳弘
概要
死者・行方不明者が約2万2000人に上る東日本大震災。宮城県は、被災した自治体の中で最も多い犠牲者が出た。女川町の漁師・鈴木高利さんは、津波で両親と妻・智子さんを失った。遺されたのは長男・智博くん(当時11歳)、長女・奈桜さん(当時9歳)、そして当時まだ2歳だった次女・柚葉ちゃん。7人家族が突然4人家族になって10年。学校のお弁当づくり、家事、病気の世話、漁師の仕事。子どもたちが成長するに伴って接し方にも悩みながら、高利さんは男手一つで子どもたちを育ててきた。現在、智博くんと奈桜さんは仙台の大学に通う学生だ。津波で突然母を失ったことを、まだ受け入れられないと語る智博くん。それでも、震災を語り継ぎ、少しでも命を救おうと活動を続けている。「こんな時、ママがいればな」と思った時もあったと語る奈桜さん。子どもの頃からの夢「保育士」になるために勉強中だ。まだ2歳だった柚葉ちゃんは、この春中学生になる。最愛の人を突然失い、遺された父と子どもたちは震災とどう向き合い、どう生きてきたのか。くじけそうな時、彼らを支えたものは何だったのか。ある家族が歩んだ10年を見つめ、震災遺族の今を伝える。
受賞歴
ギャラクシー賞(第59回報道活動部門奨励賞(東日本大震災を巡る一連の報道・ドキュメンタリー制作))

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