テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

震災10年 静岡のミライ ~命を守る 防災最前線~

番組ID
215796
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2021年03月06日(土)10:30~11:25
時間(分)
48
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
静岡第一テレビ(SDT・だいいちテレビ)
製作者
静岡第一テレビ(SDT・だいいちテレビ)
制作社
静岡第一テレビ(SDT・だいいちテレビ)、SDTエンタープライズ、DIプロ
出演者
スタッフ
演出:成瀬圭、撮影:片柳弘幸、撮影:堤坂貴文、撮影:藤川秀人、編集:天野靖之、美術:鈴木雅子、美術:船橋美南子、MA:深津初男、音響効果:杉本和三、ディレクター:小野澤玲奈、ディレクター:小林司、ディレクター:岩崎大地、ディレクター:片山諒、ディレクター:加藤雄士、プロデューサー:川口卓也、チーフプロデューサー:望月一弘
概要
2011年に起きた東日本大震災で大津波による甚大な被害を目の当たりにし、太平洋に面する静岡県では、命を守るための様々な研究や津波避難タワー、ビルの建設などの対策が進められてきた。また、民間企業では驚きの発想で命や財産を守ろうとしている。一方で、“生活を守る”ために、防波堤を整備すべきかどうかいまだに結論が出ていない地域もあった。震災から10年、静岡県の防災がどこまで進んだのか、最前線を徹底取材した。

同じ年代の公開番組

大豆田とわ子と三人の元夫〔1〕

3度の離婚を経験した大豆田とわ子が3人の元夫たちに振り回されながらも日々奮闘するロマンティックコメディー。脚本:坂元裕二。(2021年4月13日~6月15日放送、全10回)◆第1回。大豆田とわ子(松たか子)は、これまでに3回結婚して3回離婚したいわゆる“バツ3”である。とわ子は建設会社の社長を務め、最初の夫・田中八作(松田龍平)との間に生まれた中学3年生の娘・唄(豊嶋花)と暮らしていた。ある日、社長就任と同時期に亡くなった母親のパソコンを開こうとしたとわ子は、パスワードが設定されていることに気付き、気は進まないものの、設定したであろう元夫のもとを一人ずつ訪ねていくことにした。元夫のうち、今でも定期的に顔を合わせるのは3番目の夫・中村慎森(岡田将生)。とわ子の会社の顧問弁護士で、甘いマスクに似合わない理屈っぽいひねくれ者だ。2番目の夫はファッションカメラマンの佐藤鹿太郎(角田晃広)。業界では有名で腕もいいが、とにかく器が小さい。そして最初の夫である八作は、会社を辞めてレストランのオーナー兼ギャルソンになっていた。とわ子からのパスワード確認をきっかけに互いに接点を持った3人の元夫たちは、さらにひょんなことから集まることになり、とわ子をめぐって話し合いを始める。


recent_actorsドラマtvテレビ番組
映像’21 いつか帰れる日まで ~異国で願うミャンマーの民主化~

今年2月に起きたミャンマー国軍のクーデター。これに抵抗するミャンマーの市民に対し、国軍は容赦なく銃を向け、多くの死傷者が出ている。この状況を日本で暮らすミャンマー人たちは心配している。一方、日本にいるミャンマー人の若者も新型コロナの影響を受け、収入がなくなり不法滞在になるなど、厳しい生活環境を強いられていた。こうした人たちを支援するミャンマー人の難民、アウン・ミャッ・ウィンさん(47歳)。大阪でミャンマー料理店や訪問介護施設を営んでいる。過去にミャンマーの民主化運動に参加し、国から逃れざるを得なかったウィンさんは、何とか日本に住むミャンマーの若者たちの力になりたいと奔走していた。ウィンさん自身、14歳から民主化運動に参加。1989年にアウン・サン・スー・チー氏が自宅軟禁されると、ウィンさんは活動家として狙われるようになり、1995年に逮捕された。その後、ブローカーを介して祖国を脱出。幸いにも2004年、日本で難民認定される。祖国の動向を憂いながらも、在日ミャンマー人たちの力になりたいと取り組むウィンさんと、祖国ミャンマーと日本の間で揺れ動く若者たち。そんななか、2021年6月にウィンさんは、サッカーミャンマー代表選手として日本のフィールドに立ち、国軍に抵抗を示す3本指のサインを掲げたアウン選手の亡命を手助けする。緊迫したやりとりなどを通して、異国でミャンマーの民主化と平和を願う人たちの「いま」を描く。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
ザ・ノンフィクション 夜の街に別れを告げて 人生を変えたい彼女たちは…

“夜の街”は終わりの見えないコロナ禍に見舞われ、苦境が続いている。相次ぐ緊急事態宣言で客足も途絶え、回復の見込みは立たない。そこで長く働き、生活をしてきた女性たちは今、将来に強い不安を感じている。彼女たちは企業の新規採用も厳しい中で、“夜の街”に別れを告げようとしていた。横浜出身のルカさん(24歳)は、自分の顔の整形費用を捻出するため、“夜の街”で働き始め、キャバクラやクラブなどを転々としてきた。そんなルカさんは2020年11月、中卒・高卒者限定の就職支援をする「ヤンキーインターン」に参加し、半年間の研修に挑んだ。しかし、人見知りな性格がわざわいし、うまくいかない。ルカさんの新たな苦悩の日々が始まった。一方、静岡から研修へやってきたマリカさん(21歳)も18歳のころからやガールズバーやスナックで働いてきたが、“夜の街”を離れることを決心し、研修に参加した。営業活動など初めて経験する仕事にも、持ち前の社交性を発揮し、順調に滑り出したかに見えたが、3カ月後、研修を辞めることに。なぜ彼女は東京を離れるのか。長引くコロナ禍をきっかけに「人生を変えたい」と奮闘する女性たちの1年を追った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
NNNドキュメント’21 人生は…ジグソーパズル

熊本県宇土市で暮らす、岸英治さん(66歳)と信子さん(65歳)の一家。2人にはハネムーンで授かった長男から17歳離れた末っ子まで10人の子どもがいる。生活は経済的には決して楽ではない。たこ焼きパーティの具材にはタコはなく、家族の散髪は英治さんが全て引き受ける。しかし、子どもが増えても、一人一人と向き合う時間を作ってきた。長い人生の間には生活の危機もあった。2010年には火事で自宅が全焼。さらに2016年には熊本地震を経験。隣接する信子さんの母や巣立った子どもの家には被害が出たため、実家での3世代の同居生活が始まった。やがて10人いた子どもたちも多くが巣立ち、家に残るのは末っ子2人の息子だけとなり、今では13人の孫のおじいちゃん、おばあちゃんになった英治さんと信子さん。どんな困難があっても笑顔で生きていられるのは「そこで幸せを見つけられるから」と言う。新型コロナで生活が制限された2020年には2人とも入院を経験した。それでも「大変な時こそ、その中で得られる気づきや幸せがある」と笑顔のタネを見つけていく。岸さん夫婦にとっての“家族”や“幸せ”を見つめる。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組