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テレビ番組

日本のチカラ 共にあゆむ ~介護靴メーカーの挑戦~

番組ID
212761
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放送日時
2017年05月07日(日)06:30~07:00
時間(分)
26
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
西日本放送(RNC)
製作者
西日本放送(RNC)
制作社
西日本放送(RNC)、民間放送教育協会
出演者
ナレーター:池田弥生
スタッフ
テーマ音楽:宮本笑里、撮影:林功二、撮影:国重修、撮影:伴尚志、撮影:白水厚、音声:尾崎春義、音声:村尾浩治、音声:河野内晋哉、ライン編集:三好淳、音響効果:美濃龍平、MA:美濃龍平、美術:辻佐都美、ディレクター:有信由美子、編集:有信由美子、プロデューサー:松村文彦、プロデューサー:雪竹弘一
概要
香川県さぬき市にある徳武産業株式会社は、高齢者が履きやすく転びにくい「介護靴」の市場を切り開いたパイオニアである。現在も高齢者向けシューズ(室内履きを含む)では国内シェアの4割を占めるトップメーカーだ。人気を集める最大の理由は、困っている人に徹底的に寄り添うもの作りの姿勢。履きやすい靴を作るのはもちろんのこと、病気や加齢による足の変形などにも配慮し、経営的には無謀と言われた“左右サイズ違い販売”や“片方半額販売”も実現した。ビジネスモデルとして特許で囲い込むこともしない。重度の悩みを抱えている人のためにと、採算は度外視し、特注の細かなパーツオーダーに応じたり、遠方から整形外科靴のマイスターを招いて相談会を開いたりしている。「困っている人のために」「損得よりも善悪」を貫くトップの姿に現場の士気は高まり、思いを込めて生み出された靴は、まるで使命感を持つかのように困っている人の足元に寄り添う。介護靴を履いて毎月教え子との同窓会に参加する97歳の女性と、難病を抱え初めて靴を履くことができた38歳の男性、2人のユーザの日常も織り交ぜながら、理想の靴を目指すメーカーの挑戦を描く。

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