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テレビ番組

NHKスペシャル 命と向き合う教室 ~被災地の15歳・1年の記録~

番組ID
212398
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放送日時
2015年03月29日(日)21:00~21:43
時間(分)
49
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
NHK
製作者
NHK
制作社
NHK、NHK仙台
出演者
語り:高畑充希
スタッフ
撮影:濱山君平、撮影:松田賀伯、音声:佐々木拓美、音声:山賀勉、映像技術:松田英明、音響効果:滝澤俊和、編集:松本哲夫、取材:小林智紀、取材:中澤陽子、ディレクター:荒井拓、制作統括:山崎真一、制作統括:山岸秀樹
概要
宮城県の鳴瀬未来中学校の3年生が授業で「命」と向き合った。これまで学校で、ほとんど触れてこなかった震災の記憶。それを毎月作文に綴って発表し、感想を伝え合う。親しい人を亡くした悲しみを抱えて苦しんでいた生徒を心配した先生が、児童心理や教育学の専門家と相談して始めた。つらい気持ちを吐露する友に寄り添い、涙ながらに言葉を探す同級生。前に進むために、ともに命とは何かを考え続けた15歳の1年を見つめた。 
受賞歴
「地方の時代」映像祭(2015選奨)

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うんとこしょ、どっこいしょ

四万十川支流の山間にある高知県四万十市西土佐大宮地区。133世帯286人が暮らし、その半数が65歳以上という限界集落である。この集落に転機が訪れたのは2005年。集落で唯一、日用品やガソリンなどを販売していた農協の出張所が、赤字経営を理由に撤退を決定。そこでお年寄りや農家のため、そして集落の存続のために、元JA職員の竹葉傅さんが中心となり、住民108人が計700万円を出資して、株式会社「大宮産業」を設立した。◆大宮産業では竹葉さんが社長を務め、社員1人、パート2人を雇用。住民目線の販売店舗運営を進め、設立以来、黒字を計上している。しかし、このままではいずれ利用者数は先細りし、維持は困難となる。そこで大宮産業が取り組んでいるのが、特産米「大宮米」の地産外商。病院や学校などに販売し、コメの売り上げはガソリンと並ぶ大きな収入となっている。◆株主の1人、岡村清子さん82歳。独り暮らしで車の免許がない清子さんは、週に1回、自転車で買物にやって来る。店まで片道1.5キロの道のりを、懸命にペダルを漕いで走る。清子さんたち住民にとって、大宮産業は大事な大事な場所なのだ。番組では、大宮米の田植えから収穫、秋の感謝祭、そして冬から春へと続く1年の流れを軸に、過疎高齢化と向き合う竹葉さんたち大宮産業の取り組みを描く。


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日本!食紀行 南部鮭に愛を込めて ~鮭一筋65年!鮭博士の恩返し~

岩手県宮古市は本州一の鮭の水揚げ量を誇る「鮭のまち」。その町で生まれ育った中嶋哲さん83歳。毎年故郷の川に帰る鮭を「故郷を忘れない義理堅い魚」と愛し、加工品作りの分野で活動を続けている。地元の宮古水産高校に進学後、母校の指導助手となった中嶋さん。実習で捨てられる骨が“もったいない”と、生徒たちと一緒に全国初となる「鮭の中骨缶詰」を開発。以来、地元では「鮭博士」と呼ばれるようになった。「いまは鮭が空を飛んでくる時代」と輸入品に押される現状を憂い、定年後の70歳を過ぎてから、仲間たちと共に「冷燻作り」に挑戦。地域の厳しい寒さを「冷燻向き」と捉え、燻材には地元の木材を使用。衰退著しい地場産業にも光をあてた「鮭の冷燻」は、古くて新しい加工品として全国から高い評価を得るまでに成長する。鮭一筋65年の中嶋さん。その胸の内にはいつも「故郷への愛情」があった。中嶋さんの生き方は「生き甲斐ある人生の素晴らしさ」を、また「まだまだ地方には可能性がある」という事を教えてくれる。そのメッセージは今を生きる人たちへの大きなヒントだ。


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HBC戦後70年スペシャル 幻の札幌五輪 戦火に散ったジャンパー

終戦70年が近づいている。戦時中、国の決定が多くの夢や希望を踏みにじり、断ち切った。追い立てられるかのように戦地へ赴いた若者たち。彼らはその時代をどう生きようとしたのか。◆戦前の北海道・小樽に、将来を嘱望されたスキージャンプ選手がいた。久保登喜夫さんだ。小柄ながら卓越した身体能力を持ち、17歳の時に日本選手権で優勝。1940年2月に開催が決まっていた「冬季オリンピック札幌大会」におけるジャンプ競技の有力候補選手として注目されていた。◆だが時代は、オリンピックの開催を許さなかった。日本は日中戦争の悪化から国際的に孤立を深め、国内でも五輪反対論が高まっていく。1939年、日本政府は東京と札幌で決定していた夏と冬のオリンピック大会について、開催権を返上した。◆そして戦争は、久保登喜夫さんの人生をも奪う。終戦の年、沖縄の海で敵艦に特攻。23歳で命を散らせた。戦争が幻と終わらせた“夢の祭典”1940年の札幌冬季五輪。そしてオリンピック出場を夢見ながら、戦場で命を散らすしかなかった若きジャンパー・久保登喜夫さん。番組では、久保さんを知る人々を訪ねて戦争が奪い去った若者の夢を辿り、今ではあまり語られなくなった「幻の札幌五輪」計画に迫る。


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