テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう〔1〕

番組ID
210988
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2016年01月18日(月)21:00~22:09
時間(分)
58
ジャンル
recent_actors
ドラマ
放送局
フジテレビジョン(CX)
製作者
フジテレビジョン(CX)
制作社
フジテレビジョン(CX)
出演者
スタッフ
脚本:坂元裕二、音楽:得田真裕、主題歌:手嶌葵、技術プロデューサー:長谷川美和、TD:高津芳英、撮影:福澤亮介、撮影:坂本裕樹、照明:桑原伸也、音声:菅野佑介、映像:山根晋、編集:柳沢竜也、ライン編集:大方泉、MA:蜂谷博、選曲:谷口広紀、音響効果:本郷俊介、美術プロデューサー:三竹寛典、デザイン:宮川卓也、美術進行:野宮昌志、操作:坂井貴浩、装飾:稲場裕輔、衣装:丸澤正実、視覚効果:大里健太、ヘアメイク:外山隼人、ヘアメイク:高桑里圭、フード:住川啓子、CG:冨士川祐輔、CG:三塚篤、広報:小中ももこ、スチール:宮田薫、宣伝:鈴木文太郎、HP:須之内達也、ことば指導:滝沢めぐみ、ことば指導:石丸雅理、広報:岡田幹信、演出補:木村洋、制作担当:日比崇裕、記録:赤星元子、制作主任:三浦吉弘、制作主任:田口豊、スケジュール:初山恭洋、プロデューサー補:秋山八重子、プロデューサー補:足立鮎美、ラインプロデューサー:柴田佳子、プロデューサー:村瀬健、演出:並木道子
概要
それぞれに辛い過去を背負いながらも明るく前向きに生きようとする音と練、そして彼らを取り巻く木穂子、朝陽、小夏、晴太の想いが交錯しながら紡ぐ群像ラブストーリー。(2016年1月18日~3月21日放送、全10回)◆第1回。幼い頃に女手ひとつで育ててくれた母を亡くした杉原音(有村架純)は、育ての親である林田雅彦(柄本明)・知恵(大谷直子)夫妻と北海道のさびれた町で暮らしていた。雅彦に家政婦扱いされ、働きながら寝たきりの知恵を介護する毎日だが、「諦めること」を教え込まれてきた音は、そんな状況を受け入れて生きていた。一方、曽田練(高良健吾)は福島で農家の祖父・健二(田中泯)のもと、人を疑うことも知らずに育てられた。練は健二が騙し取られた畑を買い戻すために上京したが、運送会社では安い給料で酷使され、苦しい生活を送っている。何かと騙されて借金を作ってしまう練に、恋人の日向木穂子(高畑充希)が金の工面をしていた。練は困惑しながらもそれを拒絶することができない。ある日、練は、悪友の中條晴太(坂口健太郎)が旅先の北海道で拾ったという鞄の中から、「音へ」と書かれた手紙を見つける。持ち主に返さなければと強く感じた練は、会社のトラックを飛ばして北海道へと向かう。
受賞歴
ギャラクシー賞(第53回奨励賞)

同じ年代の公開番組

ザ・ドキュメンタリー チャンとブイの修行日記 ~ベトナム人実習生が覗いたニッポン~

2016年2月、セントレア(中部国際空港)に2人のベトナム人女性が降り立った。2人は“外国人技能実習生”として、岐阜の美濃焼工場で働くためにやってきた。しかし、技能実習生の研修期間はわずか3年間。人手不足に頭を抱える受け入れ先工場の社長は真面目でやる気のある2人に、ずっと会社で働いてもらえないかと奔走する。◆少子高齢化による生産年齢人口の激減で、ニッポンの産業界を深刻な人材難が襲う。その解決策として、外国人労働者を活用すべきとの声が高まっている。多くの中小企業が、労働力確保のために、外国人を“技能実習生”として雇い入れ、急場をしのいでいるのだが、最長で3年しか働くことの出来ない“技能実習生”では、その場しのぎの対策にしかなっていない。加えて実習生による不法残留や失踪など、様々な“制度の歪み”も生まれているという。◆人材難に苦しむ岐阜の美濃焼工場に、実習生としてやってきた2人のベトナム人の若者を通して、ニッポンの外国人労働者受け入れ制度のあり方を考える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
夢も希望もないのにね ~元ハンセン病患者の生涯~

香川県高松市の沖合に浮かぶ大島にあるハンセン病療養所「大島青松園」。ここで暮らす一人の元ハンセン病患者がいる。「なぜ生きているのか。夢も希望もないのにね」。そう語りながら83年の生涯を閉じた。元患者の山本隆久さんは、15歳でハンセン病を発病、19歳で大島に強制隔離された。ハンセン病は「らい菌」による感染症で、感染力は極めて弱く、完治する病気だったにも関わらず、「うつる、遺伝する」といった誤解や偏見から強い差別を受けた。長年にわたり国の隔離政策が続いたため、患者は親兄弟と縁を切られ、本名を捨てて偽名を名乗り、療養所に閉じ込められ、過酷な生活を余儀なくされた。一方で、元患者の山本さんの存在は、人と関わることや生きることの大切さを伝える。2010年から大島などを舞台に始まった瀬戸内海国際芸術祭では、山本さんが陶芸の先生役となり、県内外の人々と制作活動に励んだ。2011年の東日本大震災では、原発の放射能被害によって、ふるさとを追われ、言われなき差別を受けた被災者たちのために、献身的に尽くした。「人として生きることの尊さ」を山本さんの生涯を通して見つめる。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.