テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

OBS報道特別番組 アフリカの大地に種をまく ~コメで飢餓を救いたい~

番組ID
211701
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2016年05月25日(水)20:00~20:54
時間(分)
47
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
大分放送(OBS)
製作者
大分放送(OBS)
制作社
大分放送(OBS)
出演者
ナレーション:湯浅千代美
スタッフ
音楽:高橋英明、美術:平松美佐子、MA:櫻井勝也、撮影:安野宏和、編集:安野宏和、ディレクター:安野宏和、プロデューサー:佐藤陽子
概要
地球温暖化による干ばつや爆発的な人口増加で食糧危機に瀕するアフリカ。今から30年前、アジアを出発点にその後、アフリカに渡り、高温でも水がなくても栽培できる画期的な新品種ネリカ米をアフリカ普及させた男がいる。大分県杵築市出身でJICAウガンダ専門家稲作上級技術アドバイザーの坪井達史さん(66歳)だ。日本政府がアフリカ諸国にネリカ米を普及させ支援をすると表明した直後、坪井さんはプロジェクトの責任者となり、任務を遂行してきた。彼はウガンダのナムロンゲ村国立作物資源研究所に在籍し、現地に赴き、今もエチオピアなどで農業指導を続けている。2016年3月、再びエチオピアへ向かい、新たなネリカ米のプロジェクトを立ち上げ、現地で農業研究者の指導を始めた。坪井さんは、現地の人達とともに汗をかき、成果を喜びあってこそ、真の国際協力の姿であるとの信念を持ち、ネリカ米を栽培し収穫することでアフリカの何万人もの食糧を生み出し、命を救ってきた。彼の不屈の情熱と真の国際協力のあり方を描く。

同じ年代の公開番組

許し難きを許す フィリピン収監旧日本兵帰国の陰で

1953年、太平洋戦争の激戦地・フィリピンで戦犯となった旧日本兵108人が、当時のキリノ比大統領に特赦を与えられ、帰国した。そのキリノ大統領に長年にわたって恩赦を訴え続けたのが、島根県安来市出身の画家・加納莞蕾(かんらい)。ふるさとに設けられた小さな美術館には、彼の洋画や日本画の作品と共に、228通の書簡、その返書73通が展示保管されている。◆フィリピンの戦犯恩赦については、モンテンルパの刑務所で死刑囚が作詞した歌「あゝモンテンルパの夜は更けて」が大統領の心を動かし、日本国内で盛り上がった助命嘆願運動の為だ、と考えられてきた。◆しかし最近の研究で、莞蕾の書簡はフィリピンの関係機関で大切に保管され、歌が日本でヒットする1年以上前に「キリノ大統領は新たな死刑の執行はしない」という意志を固めていたと記す大統領私設秘書の返書が確認されたのである。書簡の研究成果を総合して考えると、莞蕾が絵筆を折って「憎悪と報復の連鎖を断ち切る為に、許しがたきを許して欲しい」とした訴えに則した形で、大統領が“ゆるし”に至ったという姿が浮かび上がってくる。◆戦後70年を契機に、加納莞蕾のふるさとでは、彼の平和運動を見直そうという動きが高まっている。日本とフィリピンの友好の礎を築いた莞蕾。自らの生活をかえりみず、信念に従い、助命・平和運動に心血を注いだ知られざる市井の画家の思いに迫る。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
新ふるさと百景 山村に響く太鼓の音 ~かしら打ち・鳥取県日南町~

時代の流れとともに消えようとしている、ふるさと島根・鳥取の素顔、自然、生活、文化、伝承行事などを、映像遺産として後世に伝えるシリーズ番組。太田胃散文化スペシャル。◆古くから宿場町として栄えた鳥取県日南町多里地区。ここの多里神社では毎年11月、五穀豊穣を感謝する秋祭りが行われる。そこで奉納されるのが「多里かしら打ち」だ。「かしら」とは大きな太鼓のこと。江戸時代の終わりごろから行われてきたと伝えられているが、それ以前のことは分かっていない。しかし広島県にも、太鼓の打ち方は違うものの、「かしらうち」と呼ばれる祭礼行事が残っていることから、中国山地地域の文化交流があったと考えられている。多里のかしら打ちは、「かしら」3台に、それぞれ4人の叩き手がついて12人で打つ。今は多里地区の青年団と子供会が受け継いでいる。「多里かしら打ち」には「とんていと」「てんてこ」など8種類の囃子があり、太鼓の打ち方もそれぞれ違う。どの囃子を打つかは、代々笛役を務める青年団長が決める。祭りの当日、家内安全や五穀豊穣などの祈りを込めて多里地区内の20ヶ所以上でかしらが叩かれる。


school教育・教養cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
とちぎテレビ報道特別番組 震災から5年 ~忘れない~

東日本大震災から5年。栃木県も甚大な被害を受けたが、普段の生活の中で震災を語ることは少なくなってしまった。明日につなげるため、震災5年のこれまでを振り返り、今を見つめ直す報道特別番組。◆「被災した中学校・卒業生たちの思い」:震災で校舎が損壊した市貝町の市貝中学校。生徒たちは5年前、町外の小学校を間借りして授業を行っていた。当時中学1年生だった生徒は現在高校3年生となり、自分の進む道を真剣に考えている。震災の経験が人生にどう影響したのかを追う。◆「アマチュア写真家が見た被災地の姿」:足利市出身のアマチュア写真家・新井栄司さんは、震災後、陸前高田市の奇跡の一本松を訪れたことをきっかけに被災地の取材を続け、2013年3月に故郷・足利市で写真展を開いた。新井さんはクローン症という病気と闘いながら活動を続けている。アマチュアカメラマンの見た被災地の5年間を、彼の活動と共に伝える。◆「原発事故からの再生・栃木の中のフクシマ」:隣り合う栃木と福島。震災を考える時に最も大きい問題の1つが、東京電力福島第一原子力発電所の事故だ。多くの福島の人が避難を余儀なくされ、栃木で暮らしている現状は、5年経っても変わらない。ふるさと飯舘村を離れて別々に生活を送っている夫婦の思いを描き、さらに那須塩原市民が震災5年後の放射能問題とどう向き合っているのかを取材する。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.