テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

戦後70年報道特別番組 京都は守られたのか ~知られざる原爆投下計画を追う~

番組ID
210459
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2015年08月10日(月)01:35~02:35
時間(分)
50
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
毎日放送(MBS)
製作者
毎日放送(MBS)
制作社
毎日放送(MBS)
出演者
ナレーター:高井美紀
スタッフ
撮影:原淳二、撮影:山田陽平、撮影助手:西岡美沙子、撮影助手:北川三月、編集:舛本賢治、録音:西川友貴、選曲:西垣友紀、タイトル:篠山由加里、CG:吉村研、宣伝:斧志保、ディレクター:水野大輔、ディレクター:寺島宗樹、プロデューサー:奥田雅治
概要
全国の都市の中で唯一、大きな戦禍をまぬかれた古都・京都。しかし、この京都に原爆を投下する計画があったことはあまり知られていない。“京都に空爆がなかったのは文化財を守るためだった…”。まことしやかに語られてきた古都の通説には、意外な裏側があった。広島・長崎だけではなかった“京都への原爆投下計画”とは、どのようなものだったのか。アメリカの機密文書や当時を知る人たちへの取材から明らかにする。◆1945年7月24日、滋賀県大津市の東レ工場に1発の爆弾が落とされた。その爆撃地点には、石碑はもちろん、なんら痕跡もない。まさに「忘れられた空爆」だ。空爆が少なかった大津に突如爆弾が落とされたのは、実は京都を想定した模擬原爆、つまり予行練習だったという。アメリカ軍の機密文書などには、原爆の投下目標を選定する委員会の記録が残っており、京都は広島と並んで第一目標になっていた。原爆は「広島・長崎」に投下されたが、実は京都への原爆投下計画は残っていた、というのだ。◆一方、京都への原爆投下計画が密かに進行する中、多くの文化財、国宝を抱える京都の寺社では、いつ襲い掛かるか分からない米国の空襲に備えて、様々な計画が秘密裏に進められていた。そのひとつが、醍醐寺に京都府下の国宝や美術品を疎開させる計画だ。なぜ京都府の社寺課は醍醐寺を選んだのか、そしてどのような防空防火対策を施していたのか。府や醍醐寺に伝わる文書や証言をもとに、当時の様子を描く。また西本願寺では、親鸞聖人木造を密かに奈良の山奥にある寺に疎開させていた。◆番組では、戦時下の知られざる“京都の実像”をつまびらかに浮き彫りにし、あの戦争で何が起き、京都の人たちはどのようにして町を守ろうとしていたのかを伝える。

同じ年代の公開番組

表参道高校合唱部!〔1〕

合唱が大好きな転校生が廃部寸前の合唱部を立て直し“歌の力”で学校にミラクルを起こす痛快な青春学園ホームコメディー。(2015年7月17日~9月25日放送、全10回)◆第1回。香川真琴(芳根京子)は、父・香川雄司(川平慈英)と母・美奈代(堀内敬子)の離婚話を機に、母とともに香川から上京、表参道高校に転校してきた。真琴は母の実家がある東京で、祖父・原田万歳(平泉成)、祖母・原田知世(立石涼子)と共に新たな生活を開始。幼い頃から大好きな合唱に打ち込んでいた真琴は、合唱の名門である表参道高校でも活動する気まんまん。父と母の離婚を食い止め、家族を再生するためのある計画を胸に、合唱部の門を叩く。しかも、かつて真琴に合唱の楽しさを教えてくれた教師・鈴木有明(城田優)が合唱部の顧問をしているということで、真琴の期待は膨らんでいた。ところが現在の合唱部は部員も集まらず廃部寸前。部長の相葉廉太郎(泉澤祐希)と部員の佐々木美子(萩原みのり)も投げやりな態度で、「合唱部を廃部寸前に追い込んだ全責任は、顧問の有明にある」と言う。それでも真琴は、合唱部の立て直しを決心する。


recent_actorsドラマtvテレビ番組
YBSふるさとスペシャル きけとりさんのこえ サックス吹き 泉邦宏のうた

山梨県北杜市在住の音楽家、泉邦宏。彼は「渋さ知らズオーケストラ」のサックスプレーヤー。八ヶ岳の南麓で、妻の純子さん、一人息子で6歳の鷲太郎くんと三人で暮らしている。毎年ソロ・アルバムを作っては、自ら車を運転して単独ライブツアーを行い、全身で歌って演奏する。2年前、鷲太郎くんの病気が発覚した。肝芽腫という小児がんの一種で命の危険もあったが、手術で一命をとりとめた。最愛の息子の命と向き合って、泉さんの音楽性に変化が現れた。◆新アルバム「きけとりさんのこえ」は、曲が一気に出来上がった。本当はメッセージソングなんて大嫌い…でも、泉さんは世情に“怒りモード”となっていた。楽曲「祖父を想いて今を憂う」は、戦死したおじいさんをテーマに歌った。自分の子どもにも会えずに、25歳の若さで戦死した泉さんの祖父。自身も父となり、その無念さを想像すると怒りが込み上げてきた。「とりさん」とは、ライブで踏み鳴らす鳥のおもちゃの楽器。踏まれる鳥さんが虐げられた民衆に見えてきたという。◆これからを生きる大切な人に、楽しく笑って生きてほしい。「無力だけど、無力なりに言いたいことがある、言わないと気持ちが悪い、ただそれだけ」。泉邦宏はそんな思いを胸に、全国に歌を届ける。番組では、笑顔に包まれた北杜市での生活、アルバムの制作、そして全国ツアーに密着した。


cinematic_blurドキュメンタリーmusic_note音楽tvテレビ番組
よみちにひはくれない 若き“俳優介護士”の挑戦

「演技」を認知症介護の現場に取り入れる―。そんなユニークな取り組みが今、注目を集めている。考案したのは、岡山県和気町の介護福祉士・菅原直樹さん(31歳)。菅原さんが開くワークショップでは、参加者自身が認知症患者と介護者の役を演じる。例えば、介護者が「ご飯の時間だ」と話しかけると、患者役は「ドライブに行きたい」など、とんちんかんな答えをする。介護者は否定せず、必ず肯定してから話を進めなければならないルールだ。◆菅原さんはかつて、劇作家・演出家の平田オリザさんの劇団「青年団」に所属し、介護施設で働きながら舞台俳優として活動してきた。介護と演劇を掛け持ちする中で、菅原さんの心に膨らんできたのが、介護と演劇の「相性の良さ」だった。そして2014年4月、地元住民らと劇団「OiBokkeShi(オイボッケシ)」を結成、「ボケは正さず、演じて受け止める」ことの大切さを知ってもらう活動を始めた。◆劇団「OiBokkeShi」が新たに始めたのが、認知症と介護をテーマにした街頭演劇「よみちにひはくれない(夜道に日は暮れない)」。舞台は実在の商店街で、菅原さんのほか、実際に認知症の妻を介護する岡田忠雄さん(88歳)も出演する。夢と現実が入り混じった前代末聞の認知症徘徊演劇。そこには、菅原さんの身に降りかかった1年前の「悲しい出来事」に対する思いと、岡田さんの妻への深い愛情が込められていた。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組