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テレビ番組

同じ苦しみ、同じ願い ―特定失踪者の家族たち―

番組ID
209587
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放送日時
2014年05月30日(金)14:00~14:55
時間(分)
47
ジャンル
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ドキュメンタリー
放送局
鹿児島テレビ放送(KTS)
製作者
鹿児島テレビ放送(KTS)
制作社
鹿児島テレビ放送(KTS)
出演者
ナレーション:児玉育則
スタッフ
撮影:高橋良太、音声:中村武史、タイトル:福岡悟、デザイン:根占彩華、MA:万善弘美、ディレクター:田中慎介、プロデューサー:野元俊英
概要
特定失踪者家族や調査会、拉致被害者家族、新たな証言者などのインタビューから、北朝鮮の工作活動と鹿児島の位置関係を総括しつつ、行方の分からない家族の帰りを待ち続けている特定失踪者家族の今を伝える。◆北朝鮮に拉致された可能性を排除できない行方不明者、いわゆる「特定失踪者」は、全国で約700人、鹿児島では8人が認定されている。拉致問題と比べて、特定失踪者問題に対する一般の認知度は高いとは言えない。しかし、突然いなくなった肉親の帰りを願い続ける家族の思いは同じく悲痛であり、その立場の不安定さゆえに、特定失踪者家族の心中はより複雑である。近年、鹿児島県内で拉致との関係がうかがえる新たな証言が複数出ている。それらの証言は、鹿児島で北朝鮮の工作活動が活発だったことを裏付け、そして何より、市川さんと増元さん以外にも北朝鮮に拉致された鹿児島の人がいるのではないか、ということを強く推認させるものである。

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