テレビ・ラジオで放送された番組・CM4万本以上を視聴できるほか、展示やイベントを通じて放送の今と昔を学べます。 入館無料

tv
テレビ番組

魅惑のイタリア大紀行 塩野七生×向井理 ~ルネサンスとは何であったのか~ フィレンツェ編

番組ID
209256
※放送ライブラリーの視聴ブースでは、番組IDを入力することで、簡単に番組を選べます。
放送日時
2014年06月08日(日)19:00~20:54
時間(分)
95
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
school
教育・教養
放送局
BS-TBS
製作者
BS-TBS
制作社
BS-TBS、TBSビジョン
出演者
塩野七生、向井理、ナレーション:堀井美香
スタッフ
企画:八木康夫、構成:新貝典子、撮影:杉村智司、音声:奥山雅章、コーディネーター:大貫真弓、コーディネーター:嵯峨紘美、編集:目見田健、EED:奈良貢、MA:松元祐二、音響効果:宮川亮、ヘアメイク:池田晋一朗、スタイリスト:三島和也、宣伝:高松武史、AD:藤井沙保里、ディレクター:和田好充、プロデューサー:別部時彦、制作プロデューサー:吉田啓良
概要
作家・塩野七生さんと俳優・向井理がイタリアを旅し、ルネサンスを探る美術・紀行ドキュメンタリー。ルネサンス発祥の地・フィレンツェ、永遠の都・ローマ、海の都・ヴェネツィア。三都市をめぐり、2人がたどり着いたルネサンスの真実とは…。(全2回)◆前編「フィレンツェ編」。15世紀半ば、フィレンツェを舞台に隆盛を誇ったルネサンスに迫る。それまでの1千年間、キリスト教会によって抑えられていた、「見たい、知りたい、わかりたい」という欲望が噴出した精神運動・ルネサンス。その礎を築いた経済人・メディチ家とは、どのような存在だったのか。ミケランジェロやレオナルド・ダ・ヴィンチなど、フィレンツェに残る数々の芸術・建築をめぐる。

同じ年代の公開番組

村上水軍と塩飽水軍 海の覇者 瀬戸内海賊ヒストリー

村上水軍の本拠地、広島と愛媛の間に広がる芸予諸島。中世以降、瀬戸内海は物や情報が流れる日本の大動脈であった。しかし潮流が激しいため、誰もが容易にここを通ることはできず、水先案内をする代わりに通行料を取ったのが、瀬戸内海の海賊の始まりだ。この海で栄えた村上水軍は、木津川口の戦いで信長に勝利するなど武勇を轟かせた。しかし秀吉の海賊禁止令で力を失うと、戦国の世に一瞬の輝きを残して、歴史の表舞台から消えた。◆一方、岡山と香川の間の海・備讃瀬戸には、塩飽水軍という海賊がいた。彼らは村上水軍のような「武力」ではなく、操船や造船技術の高さ、つまり「技」を時々の権力者に利用させることによって、乱世を生き延びた。海の技術集団であった塩飽水軍は、戦乱の世が終わると陸に上がり、船大工の技を活かした宮大工となった。同時に操船技術も失うことはなく、幕末に勝海舟の咸臨丸の水夫として日本人初のアメリカへの航海を支えるなど、海賊の技を後世に伝えた。◆番組では俳優・香川照之がナビゲーターとなり、瀬戸内海の各地を訪ね、こうした2つの海賊の生き様に迫る。また「水軍紀行」として、海賊ゆかりの地を巡るための情報もあわせて紹介する。テレビ朝日系列・中四国ブロック特別番組。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
今そこにある命 岡山から移植医療を拓く

国内最多の移植件数を誇る岡山大学病院の肺移植チーム。外科医の大藤剛宏さんはそのチームを率いるリーダーだ。大藤さんのもとには全国から患者が集まっている。しかし今の日本では、すべての患者を助けることができない。その理由は臓器提供の少なさと、現場任せの医療システムにある。◆7時間にも及ぶ肺移植手術。その最中に別の臓器提供の知らせが入る。移植を待つ患者にとっては千載一遇の機会だ。大藤さんは休む間もなく、再び難しい手術に挑む。大藤さんが行うのは手術だけではない。術後の患者のフォローアップのため、全国の病院にも足を運んで往診をしている。実績とともに増える医師への負担。大藤さんは日本の移植医療のシステムは「未熟」だと指摘する。◆日本と移植先進国の医療は何が違うのか。人口当たりの臓器提供の数が日本の20倍というオーストラリアに取材に向かった。そこでは移植専門の医師、看護師が充実しているだけでなく、それぞれの役割分担が確立されていて、多くの手術を行うことが可能となっている。また移植専門の政府機関を作り、国をあげて啓発活動などを行っていて、国民の意識も高いものだった。◆そんな中、大藤さんのもとには次々と難しい症例が入る。余命数ヶ月の患者に届いた待望の臓器提供の知らせ。しかし提供された肺は状態が悪いものだった。移植できるかどうか判断を迫られた大藤さんは、肺の機能を体外で回復する特殊な装置を導入し、患者の命を救った。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組
テレメンタリー2014 死への大脱走の果てに ~70年目のカウラ事件~

太平洋戦争中の1944年8月5日、オーストラリアの捕虜収容所で日本人捕虜1104人が集団脱走し、234人が死亡した。カウラ事件である。それは脱走というより、死を覚悟した自殺的な暴動だった。オーストラリア側の捕虜の待遇はジュネーブ条約にのっとった人道的なもので、日本人捕虜は充分な食事が与えられ、野球や花札、麻雀などの娯楽に興じていた。だが、下士官と兵の分離移動命令に端を発し、状況は一変。全員の投票により、約8割が脱走に賛成。捕虜になることを恥とした「戦陣訓」に象徴される旧日本軍の方針と、その場を支配する「空気」に流されやすい日本人の国民性が生んだ悲劇だった。◆2014年、事件は70周年を迎えた。現地では記念行事が5日間にわたって盛大に行われた。事件の生存者が少なくなる中、日本からただ1人参加した元捕虜の男性。参加を願いながら断念した元捕虜でハンセン病療養所に暮らす男性と、その思いを伝えるべく現地に向かう高校生たち。事件をテーマにした演劇を、記念行事の一環として上演する日本の劇団。事件により受けた傷から立ち直り、日豪間の友好と平和都市としての歩みを続けてきたカウラ市の人々…。それぞれを追いながら、事件が現代に問う教訓と、70年後の「今」を考える。


cinematic_blurドキュメンタリーtvテレビ番組

Copyright Broadcast Programming Center of Japan.