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テレビ番組

村上水軍と塩飽水軍 海の覇者 瀬戸内海賊ヒストリー

番組ID
209503
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放送日時
2014年11月08日(土)14:00~14:55
時間(分)
48
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
瀬戸内海放送(KSB)
製作者
瀬戸内海放送(KSB)
制作社
瀬戸内海放送(KSB)、広島ホームテレビ(HOME)、山口朝日放送(YAB)、愛媛朝日テレビ(EAT)
出演者
ナビゲーター:香川照之、ナレーター:安富史郎、ナレーター:荒木優里
スタッフ
構成:辻壽々代、ヘアメイク:中嶋竜司、スタイリスト:田代みゆき、撮影:森田秀雄、撮影:加賀田将史、撮影:小野祐一、音声:村上秀明、音声:寺坂昭正、EED:吉永順平、MA:木村信博、広報:安藤直人、ディレクター:續木美和、プロデューサー:喜多信博、チーフプロデューサー:黒田雄二
概要
村上水軍の本拠地、広島と愛媛の間に広がる芸予諸島。中世以降、瀬戸内海は物や情報が流れる日本の大動脈であった。しかし潮流が激しいため、誰もが容易にここを通ることはできず、水先案内をする代わりに通行料を取ったのが、瀬戸内海の海賊の始まりだ。この海で栄えた村上水軍は、木津川口の戦いで信長に勝利するなど武勇を轟かせた。しかし秀吉の海賊禁止令で力を失うと、戦国の世に一瞬の輝きを残して、歴史の表舞台から消えた。◆一方、岡山と香川の間の海・備讃瀬戸には、塩飽水軍という海賊がいた。彼らは村上水軍のような「武力」ではなく、操船や造船技術の高さ、つまり「技」を時々の権力者に利用させることによって、乱世を生き延びた。海の技術集団であった塩飽水軍は、戦乱の世が終わると陸に上がり、船大工の技を活かした宮大工となった。同時に操船技術も失うことはなく、幕末に勝海舟の咸臨丸の水夫として日本人初のアメリカへの航海を支えるなど、海賊の技を後世に伝えた。◆番組では俳優・香川照之がナビゲーターとなり、瀬戸内海の各地を訪ね、こうした2つの海賊の生き様に迫る。また「水軍紀行」として、海賊ゆかりの地を巡るための情報もあわせて紹介する。テレビ朝日系列・中四国ブロック特別番組。

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