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テレビ番組

日本!食紀行 南部鮭に愛を込めて ~鮭一筋65年!鮭博士の恩返し~

番組ID
209183
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放送日時
2015年02月08日(日)06:15~06:45
時間(分)
27
ジャンル
cinematic_blur
ドキュメンタリー
放送局
IBC岩手放送
製作者
IBC岩手放送
制作社
IBC岩手放送、民間放送教育協会
出演者
ナレーション:菊池幸見
スタッフ
テーマ音楽:柏木広樹、撮影:佐藤浩昭、撮影:菅原淳一、撮影:福田実、音声:関本芳紀、音声:高橋勝士、MA:安藤敬之、ディレクター:千葉佳史、プロデューサー:中村好子、プロデューサー:雪竹弘一
概要
岩手県宮古市は本州一の鮭の水揚げ量を誇る「鮭のまち」。その町で生まれ育った中嶋哲さん83歳。毎年故郷の川に帰る鮭を「故郷を忘れない義理堅い魚」と愛し、加工品作りの分野で活動を続けている。地元の宮古水産高校に進学後、母校の指導助手となった中嶋さん。実習で捨てられる骨が“もったいない”と、生徒たちと一緒に全国初となる「鮭の中骨缶詰」を開発。以来、地元では「鮭博士」と呼ばれるようになった。「いまは鮭が空を飛んでくる時代」と輸入品に押される現状を憂い、定年後の70歳を過ぎてから、仲間たちと共に「冷燻作り」に挑戦。地域の厳しい寒さを「冷燻向き」と捉え、燻材には地元の木材を使用。衰退著しい地場産業にも光をあてた「鮭の冷燻」は、古くて新しい加工品として全国から高い評価を得るまでに成長する。鮭一筋65年の中嶋さん。その胸の内にはいつも「故郷への愛情」があった。中嶋さんの生き方は「生き甲斐ある人生の素晴らしさ」を、また「まだまだ地方には可能性がある」という事を教えてくれる。そのメッセージは今を生きる人たちへの大きなヒントだ。

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